次にが目覚めたのは、青いスレート瓦の家の清潔なシーツとベッドの上だった。
「気がついたかい、。久しぶりだねえ・・」
彼女の手をずっと握ってくれていたのは九十歳近い老婆だった。
その隣の椅子には涼しげな夏服に身を包んだ朱雀の巫女が腰掛けていた。
実はは今の今まで氏宿の作り出した幻覚に騙されており、婁宿と思っていた人物も
心宿の命を受けた角宿が成りすましていた偽者で、危うく犯されそうになるところを
同じく幻覚に捕らわれていた美朱が、氏宿の貝を内部から破壊してくれた
おかげで逃れることが出来たのだった。
「美朱!?あの、あなたは?」
はまだふらつきが残る体で起き上がって尋ねた。
「やだねえ・・あんたと同じ白虎七星士、昴宿だよ。だけどまさかこんなところで会えるとは思ってなかったよ・・」
老婆はとても懐かしそうに彼女に話しかけてきた。
「私達、皆、あんたがずっと昔に死んだものだと・・」
「しかし、あんたは昔とちっとも変わってないねぇ・・まるで歳を取ってないじゃないか」
老婆は彼女を強く抱きしめ、嗚咽をもらした。
「あの・・おばさん、ちょっといいですか?」
「いいけど、なんだい?」
がつらそうに顔を背けたので、それを汲み取った美朱は緩やかなウェーブのかかった白髪の
老婆を部屋の外に連れ出した。
「ええっ!?あの娘は記憶の大部分をなくしちまったって?」
「はい、だからおばさんのことも・・あの・・たぶん・・覚えてないんです」
「覚えてるのは婁宿と鈴乃さんのことだけだと前に彼女から聞きました」
「自分がどこで生まれて育ったのかもわからないって・・」
昴宿とともに長い廊下に出た美朱は、決まり悪そうに彼女とのこれまでのいきさつを話してやった。
「そうかい、あの事件で記憶のほとんどをねえ・・あそこから敵の奴らと落ちて生き残っただけでも奇跡だっていうのに」
「私ったら、事情も知らずにあの娘につらいことを聞いちまったねえ」
昴宿は太った体を揺すり、袖に顔を埋めると泣いた。
「、起きても大丈夫なの?」
「うん、ぐっすり寝たらすっかりよくなったみたい」
「それに何だかお腹空いちゃったし」
昴宿とその旦那の屋敷の長い廊下を二人は連れ立って歩いていた。
「昴宿さんがくれた服、あなたにとてもよく似合ってる」
「やっぱし、なんやかんや言ってもは西廊国の人間なんだね」
「ここの民族衣装着ても全然違和感ないもの」
「そ、そう?」
はこの可愛い朱雀の巫女様のために、ちっちゃな薔薇のつぼみが刺繍された真っ白な麻の衣装でくるりと
回って見せると「ほんとに似合う?」とおどけて笑った。
「あれ、鬼宿君?」
「な、何よあの女の子・・あんなにくっついて・・」
の指差した先に美朱は視線を飛ばしていた。
艶やかな黒髪を結い上げ、真珠の耳飾りに濃紺の民族衣装をまとった可愛らしい少女と談笑する
鬼宿に嫉妬したのだ。
「た〜ま〜ほ〜め〜!!」
たちまちの怒りが爆発した。
「あなた、浮気するほど充分な暇が出来たってことなのね・・」
「やばい・・逃げろっ!!」
の静かな怒りを目の当たりにした鬼宿は、額に大量の冷や汗を浮かべ、
慌ててその少女の手を引っ張って逃げたのだった。
「見損なったわ。陛下に今すぐ報告してやるっ!!」
「、落ち着いて!これにはきっと理由が・・」
「止めないで!あの男、いったい何考えてるんだか・・」
寝起き早々物凄く不機嫌になり、怒り出したを美朱はなだめなければならなかった。