「女を待たせるとはけっこうなこっちゃな〜」
約束の時間になってもいっこうに姿を現さない鬼宿の
身を案じる朱雀の巫女に向けて、翼宿は不機嫌そうに言い放った。
「それともとっ捕まるんが怖くて尻尾巻いて隠れとんちゃうか〜」
「鬼宿はそんな腰抜けじゃない!!」
「この大馬鹿〜〜!!ほんっとにあんたはデリカシーがなくて女心がわかんない奴だな!!」
その無責任発言に激怒した美朱とは二人して翼宿に食ってかかった。
「久しぶりね、美朱」
その時だ。ガサガサと背後で
暗い草むらが音を立て、りんとした声の薄茶色の髪の女の子と
倶東国の兵士達が武器をかまえて現れた。
「ほんとに久しぶりね、美朱、元気そうじゃん」
気の強そうな顔は笑っているが、声は芯まで凍りついているこの女こそ
美朱と敵対する青龍の巫女、唯であった。
「愚か者が――あれだけ騒ぎを起こして我らが気づかぬと思うのか?」
兵士達の先頭に立つ背の高い男は、輝くようなブロンドの髪に薄青色の瞳の
倶東国の将軍だった。
「美朱、さがっとれ!烈火神炎!」
翼宿はさっと彼女を庇うように前へ飛び出すと、得意の
火炎放射攻撃を仕掛けようとした。
「でえへん、何でや!?」
「嘘だろ、水が出ない!」
翼宿は鉄扇をかかえておたおたしてるし、は宝剣から
光らず水の気が出ないことにショックを受けていた。
「お前が翼宿か、そしてお前のこともいろいろ調べさせてもらったよ。
白虎七星の一人、だな。誠に残念だが、貴様達の術は我が結界が封じた」
「ばれてたのか・・」
は倶東国の将軍を憎憎しげに睨み付けると呟いた。
「さぁ、誰から始末するとするか?」
将軍で青龍七星、心宿の手が冷たい光を帯び、攻撃の構えを取る四人に容赦なく向けられた。
「待ちなよ、心宿」
「すぐ殺っちゃつまんないじゃない。せっかくのお客様だし盛大にもてなしてあげれば」
将軍に負けず劣らずの策略家である娘は、けだるそうに提案した。
「わかりました。あなたのお望みのままに」
心宿はちょっと考えてから「この者達を牢に連行しろ」と
お付きの兵士達に冷たく言い放った。
「井宿、翼宿、、今のうちに逃げて!」
ドンッと朱雀巫女が青龍の兵士に走っていき、体当たりするのが聞こえ、
次の瞬間、覚悟を決めた井宿は二人の七星の肩に手をかけ姿をくらましていた。
「馬鹿が、結界の外に出られんのだ。奴らは近くにいる。探せ!」
将軍がさっと手を振りかざすと、部下の兵士達ははじかれたように走り出した。
どれぐらいの息苦しい時が流れたのだろう。
倶東国の宮殿から兵士の絶叫が響き渡り、近くの木の上に
避難していた井宿、翼宿、の三人は美朱が何かやらかしたことに
気づいて動き出そうとしていた。
「やっと行ってくれたのだ・・」
剣や槍を手にした兵士達がざっざっざっと木の下を通り過ぎてしまうと
井宿は一息ついた。
「動くならいまだな、早く美朱を助け出さないと
あの金髪の男、危険すぎる――」
そう言って、いつになく険しい顔をしたがひそひそと井宿に耳打ちしていた。
「邪魔をする者は全員、この宝剣で切り殺してやる。
幸い、私の剣術までは封じられてないからな」
は背中にすちゃりと手をかけ、愛用の宝剣を握り締めながら決意を固めて言った。
「ちょっとまて!なんや、さっさと美朱を見捨てよって、この薄情もんの術師が!」」
翼宿が八重歯をむき出しにして、かんかんに怒って沈着冷静な
井宿に食ってかかった。
「まあまあ、翼宿、井宿は考えがあって――」
が今にも井宿に殴りかかりそうな翼宿をなだめた。
「じゃっかましい!お前はだまっとれ!」
「何をいっつもえらそうに!」
「喧嘩してる場合じゃないのだ!向こうに術を封じられてる今、
とてもこちらに勝算はないのだ。こちらの気を消しつつ、様子を
伺いながら少しずつ動くしかないのだ」
翼宿とがいがみあう中、井宿は疲れたように二人を牽制し
難しそうに額にしわをよせて考え込んでいた。