「よし、一枚っと!」

「あぁ〜負けた〜!」

「次、次、僕の番ね!」


「もう、あんた達目を離すとすぐこれなんだから・・・」

「ま〜たサボって!」

コテージの床を熱心にモップで磨いていたサヤは木の実の精霊と氷の精霊相手に

トランプ勝負に明け暮れるヒカルを叱りつけた。

「ほら〜ヒカルは真面目なを引っ張り込まない!

 それにさっきハヤテが呼んでたよ!」

サヤがあきれ返って彼の腕を引っ張ろうとしたとき、ガチャリと白塗りのドアが開いた。


「うわっ、やっばっ!」

ヒカルは慌てて小型テーブルの上に散乱したカードを片付けようとしたが、ハヤテは

むっつりと押し黙っていつものようにお小言を言おうとしなかった。

「二人とも何してるの?手つないじゃって・・」

明らかにこの場の空気がおかしいと感じたはカードを手に持ったまま、

ぽつんと呟いた。

「それが・・」

「俺達の手、離れないんだ」

言葉を濁す勇太の親父さんの代わりに、ハヤテは肩をすくめて言った。


実は小一時間前、梯子によじ昇ってコテージの屋根の雨漏りを修繕していたハヤテは

勇太の親父さんが持ってきた「知恵の木特製」の接着剤を受け取ろうとしていた。

ハヤテは栗色の髪をかきあげながら、親父さんに礼を述べ、今まさに木のお椀に入った

接着剤に腕を伸ばした。

しかし、誤って親父さんが屋根伝いに立てかけていた梯子を上ろうとして足を滑らせ、

とっさに彼の手を掴んだハヤテはバランスを失ってひっくり返った

接着剤をもろに右手に被ってしまったのだ。


皆は何とかして二人のくっついてしまった手を引き離そうと満身の力をこめて

双方から引っ張った。

だが、特殊な接着剤でくっついてしまった手はびくともせず、皆はどうしようかと

頭を抱えた。


「あの接着剤はモークの葉っぱを使えば簡単に取れる」との木の実の精が請合ったので

それならばと氷の精はすぐにモークの葉を何枚か千切って、洗面器に浸して

持ってきてくれた。

だが、二人の手首は依然硬く引っ付いたままでびくともしないのだ。

「モーク、これ本当に離れるのか?」

リョウマはいぶかしそうに腕輪から知恵の木に呼びかけた。


「ああ、一分後か、遅くとも一週間後かにはね」

その樹霊ならではののんびりとした回答にリョウマ、ヒカル、ゴウキは思わずずっこけた。

「このぶんだと少なくとも五日はかかるでしょうね。

 もう一分経過したところから考えると」

さらにまでもが希望を打ち砕く回答をしてくれたので、

ハヤテは落ちかかる豊かな栗色の前髪を押さえて絶望の淵に陥った。

「参ったなぁ・・もし、こんな時に宇宙海賊が現れたら・・」

ゴウキがほとほと弱り果てた顔で呟いた。


八百屋の主人は至極不可解な顔で目の前の二人の男を見つめていた。

「1120円です」

「あ、ハヤテさん、財布」

「どこにあるの?」

「左のポケットだ。そう、それ。ありがとな」

「そこから2000円出してくれ。お釣りは貰っといていいから」

ハヤテと晴彦を気遣って買出しに付き添うは、彼のポケットから

人間のお金を二枚抜き取ると八百屋の主人に代金を支払っていた。


ショッピングモールを歩くたびにあちこちからくすくす笑いが起こる。

は自分にはこれっぽちも責任がないのでもううんざりだったし、ハヤテは

人目を全く気にしない晴彦に引け目を感じる始末であった。


「あの、晴彦さん買出しはここまでにしときましょうか」

も疲れてるみたいですし」

同じく人々の忍び笑いに疲れきったハヤテは思い切ってこの無神経男に切り出してみた。

なかなか空気の読めないは「私疲れてなんか・・」と言い返そうとしたが、

ハヤテは「だめだよ」と有無を言わせぬ調子で首を振って合図した。

しかし、精霊の上手を行くほどとことん空気の読めない親父さんは

「こんなことになったのは私の責任ですし、最後までとことん付き合います」と

逆に張り切る始末だ。

「あ、あそこのスーパー今日特売日なんです!行きましょう!」

突然、親父さんは大事なことを思い出して張り切って駆け出そうとした。

しかし、そこはお約束で店から出てきた配達人の男にぶつかって荷物を

ぶちまけてしまった。

「どけっ、こっちは忙しいんだ!!」

「お前らゲイか?ったくちんたらいちゃつきやがって!」

配達人の男は腹いせにハヤテに肩ごとぶつかっていくと立ち去った。

「本当にすいませんでした!」

可愛そうなハヤテは深々と頭を下げ、荒々しく立ち去る配達人目掛けて大声で謝っていた。


そんな時、の脳裏やハヤテの腕輪にモークから連絡が入った。

何でも市街のあちこちで謎の爆弾が爆発したらしい。

すでにショッピングモールからも火の手の方角が確認出来るほど激しい爆発だ。


ハヤテはに頷いてみせると、勢いこんで駆け出そうとした。

しかし、全く意思疎通が出来ていなかった親父さんが二人とは反対方向に

駆け出そうとしてしまい、三人はもんどりうって転んだ。

「痛い!もうっ、こんな時に何してるのよ!急いでるのに!」

運悪くハヤテの下敷きになったは大声でわめき散らした。

「ごめん、大丈夫か?」

ハヤテは慌てて跳ね起きると、自分の下敷きになったを助け起こした。

「違う、この人に言ってるの!爆発の方向はあっちでしょう?」

だが、彼女は恨みがましくそもそもの原因を作った晴彦をにらみつけて怒鳴った。

「ち、違うんです、さん、ハヤテさん、近道があるんです!こっちです!」

精霊の冷たい怒りに感づいた晴彦は慌てて弁解すると、

二人を路地裏へと引っ張っていった。


「こんなにひどいなんて・・」

「爆発したのはここだけじゃないみたいだな」

「ハヤテはどうする?まだ来ないぜ!」

がついてるから大丈夫だと思う。とりあえずここは俺達で何とかしよう!」

爆発現場にいち早く駆けつけたリョウマ達は、救急車や怪我人が溢れる中を

かきわけてまた走り出した。



「こっちのほうが断然近い・・あれ?」

「どこが?これのどこがよ!」

唖然とする晴彦にの容赦ない皮肉が乱れ飛ぶ。

路地を駆け抜けた三人は目の前にそびえる鍵のかかった鉄柵に行く手を阻まれてしまった。

「私、前々からこうやって戦いのお役に・・あれっ?」

「どいて!邪魔!怪我したいんですか?」

は一人意気揚々と鉄柵を登り始めた晴彦を引き摺り下ろすと、

とうとうぶちぎれて怒鳴り散らした。



「こんなものこうやって、えいっ!」

いつもしょっている皮袋の刀嚢からさっと鴛鴦斧を引き抜いた

鉄柵を施錠している南京錠目掛けてそれを振り下ろした。

彼女の狙い通り、頑丈な鍵は正確に振り下ろされた鴛鴦斧に当たって

むなしく転がった。

「さ、二人とも早く!」

「ハヤテさん、さんって時々すごく怖い時がありますよね・・」

「だめですってば、それ言ったら一巻の終わりですよ!」

に開けてもらった鉄柵の扉を押しながら、無駄口を叩く晴彦に

ハヤテは口に手をあてがって静止していた。

「何ひそひそ話してるの?時間ないんでしょう!!」

「はいっ、そうでした!!」

何事もなかったかのようにすたこらさっさと駆け出す

ハヤテと晴彦は心底縮み上がっていた。


「何、リョウマ達が動けないって?」

「嘘、こんな時に!」


爆発の事故現場に立ち寄ったとハヤテはモークから最悪の連絡を受け取っていた。

どうやら四人は市街に置かれた爆弾を見つけて解除しようとしたが、

不思議な罠にはまってしまったらしい。

「無理にはがせば爆発する可能性もある」

「ど、どうしたらいいのよ、モーク・・」

「ヒュウガはまだ来ないの?」

「それが・・連絡は取っているのだが

ここからだいぶ離れたところにいるので到着に時間がかかりそうなんだ」

「何とかハヤテと二人で爆発させない手立てを考えてくれ」

「そんな・・」

は緊迫した声で話す樹霊に弱りきった声で呼びかけていた。

そんな時、ハヤテとは大きなトラックがトタン屋根の工場の側を

通り抜けていくのを見止めた。


「いや、何だか大変なことになりましたね・・何とか爆弾をうぉっ!?」

事の大きさをようやく理解しだしたのんきな親父さんの口を封じて

ハヤテは物陰に連れ込んだ。

何事かと物陰から顔を出そうとした親父さんをハヤテが押しとどめ、も親父さんの

トレーナーの袖を引っ張って引き戻した。


「あれが例の爆弾ですね、どうします?」

親父さんがハヤテの顔を見上げて、真剣な面持ちで言った。

「あれにリョウマ達は足止めをされてるのね・・」

もごくりと生唾を飲み込んで呟いた。

「一発殴り込みをかけますか?」

「しっ!」

一人意気込む親父さんをは口に指をあてがって黙らせた。

「とうとう私も本格的にお役に立つときが・・あっ!?」

またもや一人勇み足を踏みそうな親父さんを制止しようと、ハヤテと

親父さんの首や腕に手をかけて引き戻した。

「晴彦さん、しばらくの間行動を謹んでもらえませんか?」

「出来れば俺の自由にさせて頂けたらと・・」

ハヤテは出来るだけ親父さんの感情を害しないように慎重に言葉を選んで言った。

「あっ、えっ!そりゃもちろんです!」

「じゃっ、行きましょう!」



全くハヤテの意思を理解していない親父さんが、わくわくして駆け出そうとしたので

とハヤテはまたまた腕や首をつかんで晴彦の動きを封じた。

「もうっ、お願いだからあなたは引っ込んでて下さい!!」

親父さんの頭の回転の悪さにぶちぎれたはとうとう雷を落とした。

「す、すみません・・さん」

「あ、いや、彼女や俺が言いたいのは違うんです。そうじゃなくて、あなたは

 俺達みたいに戦いに慣れていない。だから危険だから下手に動かないで欲しいんです」

彼女にこっぴどく叱られた親父さんがしょぼくれたので、

ハヤテは慌てて取り繕うように言い含めた。

「そ、そうですか・・」

親父さんはしぶしぶ納得してくれたので、ハヤテとはそっとトタン板の

建物の影から首を突き出して、爆弾をトラックから

下ろしているヤートットの姿を見つめた、

「一瞬でやるしかないな」

隠密行動に優れているハヤテは足元に落ちていた空き缶を拾うとに目配せして

それをそっと放り投げた。

予想以上に大きな音を立てて転がった空き缶の音を聞きつけて、

一人のヤートットがひょこひょこと持ち場を離れて近づいてくる。

ハヤテとはぴったりくっついて、トタン板の壁に身を寄せるとヤートットの

視界から姿を消した。

ヤートットが彼らが隠れている物陰の隅を通り越してしまうと、気配を消して

潜んでいたが鴛鴦斧の持ち手を水兵の右脚に引っ掛けて転倒させた。



「教えてもらおうか?街に爆弾を持ち込んだ目的を」

ハヤテはすっ転んだヤートットの首をむんずとつかんで立たせると、

壁際へと引きずっていった。

ヤートットはハヤテの腕を振りほどこうと必死に抵抗したが、そこへまたもや

この場を何とかしたかった晴彦が拳を振り上げようと向かってきたので

二人の戦士達の無言の計画は台無しになった。

ハヤテが親父さんに注意を払った一瞬の隙に、ヤートットが彼の足を踏んづけたのだ。

ハヤテの悶える声、そして、彼はその弾みでよろけ、トタン板の壁から突き出ていた

錆びた釘に左手の甲を突き刺してしまった。

「ハヤテさん!」

明らかに自分の過ちに気づいた晴彦が水兵の首根っこをつかんで

引き離し、さらにが足を高く掲げ、向かってこようとした水兵の首元に蹴りを入れ

てノックアウトさせた。


































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