夏休みが終わりに近づき、ホグワーツに戻る日が残すところ数えるだけになった。
夏期休暇最後の日――――地下の大食堂にはウィ―ズリ―おばさんが腕によりをかけたご馳走+真紅の横断幕が並べられた。
「今日はちょっと食事形式を変えてみたの。たまには立食パーティもどうかと思って。」
ハリー、ロン、ハーマイオニ―、
、フレッド&ジョージ、ジニ―が厨房に入るとニコニコ顔のウィ―ズリ―おばさんが言った。
「うわぁ、すっげぇご馳走だ!!」
ロンが嬉しそうに叫んだ。
今日はおなじみの騎士団メンバー(シリウス、ルーピン、トンクス、ウィ―ズリ―氏、マンダンガス)に加えてなんとマッド・アイ・ムーディ、キングズリー・シャックボルトが
屋敷に来訪した。
「今日はちょっとしたお祝いなの。マッド・アイ。」
モリ―・ウィ―ズリ―が真紅の横断幕をさした。(その横断幕には「おめでとう、ロン、ハーマイオニ―。新監督生」と書かれていた。)
「兄弟で四人目の監督生よ!」
モリ―は近くにいたロンの髪をくしゃくしゃとなぜながら自慢げにムーディに話した。
「うむ、めでたい。」
ムーディの魔法の目がぐるぐると回転し、ロンを見据えた。
「さてそろそろ皆で乾杯しようか?」
ウィ―ズリ―おじさんが高々とゴブレットを掲げて言った。
「新しい監督生、ロン、ハーマイオニ―に!」
杯が高々と上がり、その後全員が二人に暖かい拍手を送った。
「私は監督生になったことがなかったな〜」
ジニ―の背後で明るい声がした。
「トンクス!まあ、今日の髪は赤毛なのね!」
ジニ―がベークド・ポテトを口に運びながらにこにこと笑って言った。
その横ではハリー、
がルーピン、シリウスと共に立って会話に花を咲かせていた。
「ねえ、シリウスは監督生になったことある?」
カナッペを片手でつまみながらハリーが聞いた。
「それはないな。」
彼のすぐわきにいたシリウスが吼えるような笑い方をした。
「私はジェームズと共に罰則ばかり受けていたんだ。誰も私を監督生にするはずないさ。」
「先生はどう?」
がすかさず聞いた。
「ああ、そのことだけどね。」
彼はおかしそうに笑いをかみ殺しながら話した。
「ダンブルドアは私が親友たちをおとなしくさせられるかもしれないと、希望的観測をみこんで指名したんだ。
だが、言うまでもなくそのもくろみは見事に失敗したがね」
そこへトンクス、ジニ―と話し込んでいたハーマイオニ―、それから向こうで客人達に監督生祝いに買ってもらった新しい箒の自慢をしていた
ロンがやってきたのでその場で会話は三分した。
「だって、これは狼人間の差別と同じようにナンセンスだわ。自分達がほかの生物より優れているなんていう、魔法使いの馬鹿な考え方
に端を発してるんだわ・・・ねえ、そう思いません?先生。」
ハーマイオニ―はすばやくルーピンをつかまえてしもべ妖精の権利について、とうとうと自分の意見をまくし立て始めた。
(また始まったわ・・・まったくいつまでこの議論は続くのやら・・・)
二人の様子を見ていた
はやれやれと首を振りながら、退屈そうににグラスを片手でくるくると回しているシリウスの元へ行った。
「どうした?お嬢さんは真面目くさった話は嫌いか?」
彼はにやりと嬉しそうに笑うと、あごでルーピンとハーマイオニ―の方をしゃくった。
「そうよ。ハーマイオニ―があの話をはじめると二時間でも三時間でも聞いてくれる人がいたらくっちゃべるんだから・・・。」
は黒い三日月眉をきゅっと上げると顔をしかめて見せた。
「ではちょいとお嬢さんに面白い話を聞かせてさしあげよう。」
シリウスはまるでクイーンにでも接するように、馬鹿丁寧に軽く一礼すると少し姿勢をかがめて何やら彼女の耳元でひそひそとささやき始めた。
「でさあ、十秒でゼロだから百二十キロに加速だ。悪くないだろう?おまけに、おい、もしもし――――聞いてるかーーー?」
一方こちらの端ではロンがハリーを捕まえて新品の箒の驚くべき機能について自慢げにべらべらと喋っていた。
ハリーは箒のことを自慢げに喋るロンがちょっとの間だけでも静かにしてくれたら、あの二人が何を話しているのかを聞き取ることが
出来そうに思った。
何を話しているか、聞く必要が彼にはあったのだ。
はあんなに面白そうに目を輝かせているが、いったいシリウスは、どんなことを
話しているのだろう?
そのうちハリーにははっきりとシリウスが
を見る時の目がほかの女の子や、女性を見るときの目と全然違うことに気がつかないわけには
いかなかった。
何て言うか―シリウスはとても幸福そうに見えるのだ。
彼女の愛らしいえくぼや、綺麗な目が微笑するとき、シリウスの目に炎がともったようになった。
「まさかな――」
彼はふっとつぶやくと、視線をロンのほうに慌てて戻した。
しばらくするとパーティがお開きになり、客人達はぞろぞろと玄関ホールに向かいシリウスやアーサー、モリ―に「おやすみ」を告げて出ていった。
ハリー達はは明日も早いのでいそいそとベッドに入ったが、
だけはなかなか寝付かれずにいた。
おまけに数分もすると隣の部屋からロン、フレッドの高いびきが聞こえてきて、完全に目がさえてしまう始末である。
「いいや。別に一晩眠れなくても。」
彼女はそう楽天的に考えるとベッドから飛び降り、閑散とした廊下へと出た。
「えーっと確かシリウスが前に言ってたはずだ。三階に図書室があるって。」
はぶつぶつ呟くと暗がりを足音を立てずに歩き回った。
暗闇で彼女の目が猫のようにぴかぴかと光った。
三階には奇妙なことにわずか二つしか部屋がなかった。
剥げかかった白漆喰のドアとまだ充分に新しい茶色のよく磨きこまれたドアが相対して並んでいた。
彼女はそのうちの一つの茶色のドアを開けた。
図書室にはほのかにシャンデリアの光が照らされていた。
つやつやしたマホガニー材の書棚がずらりと彼女の視界を覆った。
「中国史に、ヨーロッパ史、それからうわぁお!日本史、アメリカ史に古代エジプト史まである!」
は嬉しそうに書棚に張られている分類のラベルを読んでいった。
こんなに沢山の本!ハーマイオニ―が知ったらさだめし喜ぶに違いない!と彼女は考えた。
その他にも美術書、文芸書などまるで1件の本屋が引っ越してきたような莫大な書物の量があった。
やがて
は適当に興味のある書籍を探し出して隅のスツールに腰かけ、むさぼるように読み始めた。
彼女はハーマイオニ―ほどではないが、本好きで一度読み始めたらわずか数分で読んでしまう。
「あ〜面白かった。」
は一人呟くとスツールから立ちあがり、本を本棚に戻しにいった。
「え〜と魔法史はと―この上か・・」
彼女は立てかけてあった梯子にするすると上り、上段にその本を戻そうとした。
「
!こんなところで何してるんだ?」
「シリウス!?ああっ!ああっ!落ちるっ、落ちるッ!ああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
ドスッ!!バタバタッバタン!!
彼女は突然音もなしに、本棚の影から現れた彼に、腰をぬかしてバランスをくずし、梯子からうっかりと手を離してしまった。
「危ないな〜でも私も驚かして悪かった。怪我はないな?」
「ああ―シリウス。その、なんと言ったらいいか―――おかげで怪我しないんですんだわ。ありがと――」
あわやのとこでシリウスが手を伸ばして,落ちてきた
をしっかりとキャッチした。
彼の腕の中で彼女は恥ずかしそうに言葉をつまらせた。
「なに?眠れないからここで時間をつぶしていたのか。」
「恥ずかしながらそうなの。おまけにあー・・・いびきをかいてる人がいて煩くてね。」
「それは気の毒にーお姫様。」
二人は先ほど落っことした分厚い書籍を書棚に振り分けて詰め直していた。
「ところで何を読んでいたんだ?」
書籍の整理が終わり、二人はスペイン樫の手彫り彫刻されたデスクに腰掛けて喋っていた。
「中国史。ハーマイオニ―が是非読むように薦めたから、読んでみようと思って。」
は分厚く古ぼけた本をシリウスに手渡しながら言った。
「私、お母さんの国のことは知っているけど、お父さんの国のことはあまり知らないの。誰も教えてくれる人がいないもんだから。」
彼女はそう言うと、少しさびしそうに笑った。
「シリウス――」
は無意識のうちに、そっと彼の左手の上にに自分の右手を重ねて言った。
「この本を読むと――ああ、たまらなくまだ見ぬこの国に行きたくなるの――」
細い蝋燭の光が彼女の目に反射してブラウンの瞳が宝石のように輝いた。
「私、ホグワーツを卒業したら――」
は夢見るような声でシリウスに語りはじめた。
「不死鳥の騎士団が無事に任務を果たして、ヴォルデモ―トもすべて―すべてかたづいたら――真っ先に自分のお金で
中国にー行きたいわ。万里の長城の上から叫ぶの。もう心配することは何もないんだって――」
「約束しよう――」
「えっ?」
シリウスは
の両手を、大きな力強い手で包み込んだ。
「俺は― 一度だけ、君のお母さんの公演を見に中国に行ったことがある。君が卒業したら真っ先に――君をお父さんの故郷に連れていって
あげよう。」
「えっ、ほ、ほんと?ほんとなの?」
「ああ。約束しよう」
「ありがとう。すごくその日が楽しみだわぁ!」
はあまりの嬉しさに彼の首にかじりつき、危うく頬にキスしそうになった。
「おいおい――喜ぶのはまだ早いぜ。」
シリウスはにやにや笑いながら彼女の腰にそっと手を回した。
「いいの!だってすごく嬉しいんですもの!」
も負けずに口の端を上げてにやりとした。
「で、続きだがどこまで読んでいたんだ?」
二人は互いの顔を見合わせて、ひとしきり大笑いするとまた本に戻った。
「えーと、ここ。玄宗皇帝と楊貴妃が都落ちするところ。あ、ここよ。」
「ああ、ここだな。安史の乱以後、唐の国は乱れ―その原因は玄宗皇帝が晩年、政治よりも楊貴妃にうつつをぬかしたことにより・・・」
二人はぼそぼそと小さな声で肩を寄せ合い、本の続きを一緒に読み始めた。
翌朝――
はカーテンを引く音で目がさめた。
ふわふわした羽根枕に真っ白なシーツ。夕べは確か―図書室で――本を読んでたはずなのに。
彼女は黒い鉄製のベッドの上にやわらかな羽根布団をかけられた状態で寝かされていた。
「おはよう。よく眠れたか?」
目の前にいきなり、見なれた長い黒髪と真っ白な歯が飛び込んできた。
「え?シリウス?夕べはまさか――まさか――私、あのまま図書室で寝込んだの?」
彼女はびっくり仰天で羽根布団を押し退け、ベッドの上に起き直った。顔がかなり火照ってきた。
「そうさ。我が愛しの君よ。起こすのは気の毒だったので―でもまさか図書室のあの固い机の上で寝かせるわけにはいかないから
俺の部屋へ運んだんだ。悪かったか?」
シリウスはたいして悪びれる様子もなく、ベッドの上に腰掛け,彼女の隣に体を寄せた。
「あ〜昨日ソファの上に寝たから肩が痛いのなんのって。」
シリウスはぼんやりと窓からこぼれる日の光にあくびをしながら言った。
「あ、ごめんなさい。すごく寝にくかったでしょう。私のせいで。私なんかあのまま図書室に残してきたらよかったのよ。」
はハッとその事実に気づき、シリウスに頭を何度も下げた。
「おいおい、謝るなよ。俺はいっこうにかまわないぜ。さぁ、もうそろそろ自分の部屋に戻ったほうがいい。
ハーマイオニ―やジニ―が君が朝からいないことに気づいたらマズイだろう?」
シリウスは人懐っこい笑みを浮かべると、親しみをこめてコツンと自分のおでこを彼女のおでこにぶつけた。
その朝は皆にとって、大変慌しいものとなった。九月一日、いよいよお待ちかねのホグワーツに戻る日だ。
「気をつけて」
キングズ・クロス駅のホームでルーピンが一人、一人と握手しながら言った。
彼は最後に
のところまで来ると、抱きしめてキスしたい衝動を押さえきれないようだったが、皆が見ているのでさすがにそれは控えた。
「いいか。全員忘れるな。手紙の内容に気をつけろ。迷ったら書くな!」
最後にムーディが皆に最後の警告を発していた。
「早く、早く」
ウィ―ズリ―おばさんがフレッド、ジョージ、ハリー、ロン・・そして最後に
を抱きしめていった。
「モリ―おばさん。汽車が発車するわ。もう行かないと!」
が頭上の駅の時計を見上げて叫んだ。
黒犬になってついてきたシリウスは、その横で後ろ足で立ちあがり、前足をハリーの両肩にかけて別れを惜しんでいた。
「まったくもう!シリウス、もっと犬らしく振舞って!」
ウィ―ズリ―おばさんがハリーを汽車の中に押し込み、怒ったように囁いた。
「さよなら!」
「さよなら〜〜」
汽車がゴットンとゆれて動き出し、ハリー、
は開け放った窓から大声で呼びかけた。
ロン、ハーマイオニ―、ジニ―が傍で手を振った。
見送りに来たルーピン、トンクス、ムーディ、ウィ―ズリ―夫妻の姿があっという間に小さくなった。
「ねえ、あれ―」
ハーマイオニ―が驚いて窓のほうを指差した。
「シリウス!」
ハリーと
は面食らって窓からのぞきこんだ。
なんと黒犬が全速力で、窓の傍を汽車と一緒に走っているではないか。
「シリウス―」
は小さく呟き、窓の桟をグッと両手で握り締めた。
黒犬は必死で汽車を追っかけ続けた。
青白い私の空に差し込む光――それが、君だった。君は暗闇の中から私を救い出し、抱きしめてくれた。
このまま私は待ちつづけよう。はじめて私のところに来た日のように―その日まで―私のところに戻ってくるその日までー
追いかける黒犬の目から―もの問いたげな黒犬の目から彼女は目を反らすことは出来なかった。