バギーはグリモールド・プレイス十二番地を抜け、くねくね、くねくねと数々の田舎の裏道を通り抜けた。

ロンドンの大都会に出るよりも、このほうがホグズミードへの近道だからだというルーピン氏のご意見だからだ。

フレッドが手綱をとるバギーの前にはミナ・ブラド夫人、ジェニファーの乗るバギー、それから道案内をする役目の

ルーピン氏の馬車が先頭をきって走行していた。


愛している・・愛している・・愛している・・


ルーピンから告げられたこの言葉が阿片のように、めぐりめぐって、彼女の体の機能を麻痺させた。

ぴったりとしたドラゴン革手袋をつつしまやかに両手の上に重ね合わせた彼女は、じっとバギーの外を見つめ、物思いにふけっていた。


あのーー彼の唇が私に重ね合わせられた時、何てここちよかったことだろう!!

もう何時間でもあそこに突っ立っていたい衝動に駆られたものだ!



一方、ルーピンも二頭の黒馬を巧みに操りながら、出発する前の出来事を頭の中で反芻していた。

何て柔らかな唇なのだろう・・・まるでキスする為にあるような唇だ・・・それから・・・あの黒髪を

この手にかき抱いたとき、ほとばしるような熱情が彼女からあふれ出た・・涙が睫に光り、あの華奢な体が

気づいたら・・私の腕にすっぽりと収まっていた。前はまだお転婆娘だったのに・・いつのまにあんなに綺麗に

なったのだろう??


「リーマス?顔が赤いわよ。どうしたの?」

トンクスがそんな心ここにあらずに彼に気づいて聞いてきた。

「なんでもない・・ちょっと・・考え事してだけさ。」

ルーピンはそう答えると黙って前を見すえた。

「そぉぉ?あ、ひょっとしていい人のことでも考えてた?ん?」

トンクスは図星でしょう?といいたげにびしっとルーピンの前に人差し指を突き出した。

「まさかぁ・・いい人なんていないよ。君も知ってるだろう?私の憧れの人はとうの昔にいなくなってしまったってことを」

ルーピンは苦笑いしてトンクスの指摘を見事に交わしていた。

「そう?そうねぇ・・まあ、そうといわれればそうだけど。」

トンクスは半信半疑でルーピンの顔を見ながら言った。






やがて数時間後、ホグワーツの校門前に三台のバギーは停車した。


「それじゃまた」

ルーピンはバギーを降り立った一人一人に片手を差し出し、お別れの挨拶をしていた。

ハリーはそこではたと気づいた。

去年と比べてルーピンのローブが小奇麗になっているということに。

新品の羊皮のジャケットは、彼のスマートな体の線を強調し、細身のジーンズはこれまたかっこいい

バックルで腰に固定されている。


肌のつやもだんだんよくなってきており、とび色の髪は艶がよく、後ろで品のよい細いゴムで結ばれていた。

ハリーは握手しながら「ひょっとしたらこの中のどれかが, からのプレゼントかもしれない」

そう思ったほどだった。



「じゃあね。ハリー」

「さよならーブラドさん。」

最後に, の伯母に挨拶を済ますと、ハリー達は雪深いホグワーツ城への道をざくざくと踏みしめて歩いていった。



ところでハリーは休暇中にブラド夫人から、傷が痛んだとき飲むようにと淡いブルーの小瓶を渡されていた。

彼女には何くれと(皆の知らないところで)世話になったものだった。

ウィーズリーおばさんに話せないことでも彼女には何となく話せた。


昼間、誰もいないテラスで夫人とともに腰を下ろして、魔法薬で分からないところを聞いたり、

その他、あたりさわりのないことをしゃべったりもした。



彼女は豊富な知識と経験にあふれており、闇の魔術にも詳しかった為、魔法の古傷の処置の仕方や、それをやわらげる

魔法薬の仕方も何通りもこころえており、ハリーにとっては物凄く頼もしい人物になったことは間違いないだろう。






しかしーー休暇中、ハリーが気になったのはシリウスと他ならぬ のことだった。

夜、ベッドにごろんと寝転んでロンの高いびきを聞きながら彼は休暇最後の夜、シリウスがこっそりと とともに

空飛ぶオートバイで屋敷を抜け出したことを思い出していた。



そりゃあ、シリウスが のことをどう思っているか百も承知だ。

あのグレーの目を見ればすぐに分かる。分かりやすい性格なんだから、彼は。

だけどーー は彼のことをどう思っているのだろう?あの晩の様子じゃあれはー誰が見ても恋人どうしだと誤解されても

仕方がないだろうな・・・。


ハリーは右に反転しながら考えた。

でも、彼女が好きなのはルーピンのはずだな?と彼は頭をひねって考えた。

なら、シリウスはただの年の離れた遊び仲間か兄のような存在だろうか??


結局、この問いは彼の心中で問答されるだけの結果となった。





新学期最初の授業は魔法薬だった。

スネイプはいつもどおりいやらしく、ハリーの沈んだ気持ちをさらに沈ませるのにはおあつらえむきの人物だった。

予告どおり、閉心術の授業は放課後始まった。(それと同時刻に の脱吸血薬の作り方を教える授業があった)

つまり、こういうことだ。

スネイプがハリーに閉心術の授業を講義している間に、 は隣の空き部屋を使用して黒板に書かれた脱吸血薬の作り方を

見て、閉心術の講義が終わるまでに薬を仕上げ、スネイプにチェックしてもらうという非常に合理的なスケジュールだった。


その間に時は目まぐるしく過ぎ、日刊預言者新聞の「死喰い人集団脱獄事件」「聖マンゴ病院入院中の魔法省役人絞殺事件」

などのけっこう大きな事件も起こった。



この事件後、DA会合ではメンバーに活が入り、全員が必死になってハリー、 の教える呪い、呪い返しを

習得しにかかった。


そんなこんなで一月は糞がつくほど忙しく、すざまじい勢いで通過していくのだった。





二月十四日ー本校では一部の男子、女子は色めき立っていた。言うまでもなくこの日は聖バレンタインデー。

はもうとっくにチョコレートを然るべき人のために、(二月十四日につくように)郵送していた。



当日、ハリー、 は特に念入りに支度した。

彼女のほうは当日、父方の伯母にホグズミード村にあるディアヌ・クラウン・レコード店で会う約束を取り付けたからだった。


彼のほうは彼女に頼まれて、伯母に手土産に持っていくチョコレートを選んで欲しいと頼まれたからだった。



「ねえ、あなたたちー二時ごろ、三本の箒で会えないかしら?」

朝食時、大広間でハーマイオニーが二人に言った。

「ああ、いいよ。 の買い物が終わったらね」ハリーは即、OKした。

「えっ、えーー私、伯母(父方の)さんと会う約束をしてるんだけどな〜」

は急な彼女の提案に戸惑った。

「ごめんなさい、それはわかってるわ。何ヶ月も会ってないんですものね。でも、どうしても大事なことなの。

 伯母様には悪いけど、何か適当な理由でもつけて切り上げてくれない。ほんっとにごめんなさい。大事な時間を切り裂いて。」

ハーマイオニーは心底すまなさそうに に言った。


「ロンは一緒に行かれないの?」

は不思議に思って聞いてきた。

「ううん、駄目なの。彼、クィディッチで朝から猛練習。ホグズミードにも行けないのよ」

とハーマイオニーは何か真剣に羊皮紙を読みながら言った。

「じゃあー私たちと行かない??」

は聞いてみた。

「悪いわね。いろいろ今日は準備することがあるの。じゃあ、お昼にね」

ハーマイオニーはそう言うとささーっと大広間から立ち去ってしまった。




さて、後に残されたハリーはティースプーンの映る自分の顔を睨み、こっそりと髪を撫でつけた。


は朝食をとっくに食べ終え、「玄関ホールで待ってる」と言い残して席を立っていた。


は槲の木の扉の横に立って、同じくホグズミードに向かうジニーに「バーイ!」と声をかけていた。

彼女は今日は長い髪を真っ直ぐに垂らし、きらきら光るディアディム(貴金属上の髪飾り)型のカチューシャを黒髪にはめており、

とても綺麗だった。



「おや〜こんなとこでどうしたんだい?」

ハリーが喜び勇んで彼女のほうに駆け寄ろうとした時、とんでもない強敵が現れた。プラチナ・ブロンドのいけ好かない奴ードラコ・マルフォイだ。

「どうでもいいでしょう?私、ここで人を待ってるの。」

はつんとすまして答えた。

「そんなに冷たくするなよ〜僕、行ってくれる相手がいなくてすごく暇なんだ。一緒に行かないか?」

ドラコはそうネチネチと嫌味な口調で言うと、彼女の手を掴もうとした。

「やめろよー彼女に手を出さないでくれる?」

ドンッという大きな音がして樫の木の扉にパンチが飛んできた。

「君ならもっとふさわしい相手がいるだろ?たとえばそうミス・パーキンソンなんかどうかな?」

ハリーは彼女の前にバンと手を突き出して、マルフォイが彼女に手出しできないように立ちふさがって言った。

「ドラコ〜〜どこへ消えたの〜」ちょうどその時、パンジーの声が遠くのほうから聞こえてきた。



「それ、逃げろ!!」ハリーはしめたとグイッと の手を引っ張って樫の扉を通って、外へとダッシュした。

「あ、こらまてっ!!」ドラコが叫んだ。


「待たないよ!」二人はくるりと振り返って叫んだ。


「ドラコ!あの女にちょっかい出さないでよ!!」

「う、あ^^いたたたた・・・・・」


扉の内側からがみがみ怒鳴りまくるパンジーと、しょぼくれてるドラコの声が聞こえてきた。




「あ〜〜はっはっははっ〜〜」

二人は今、ハニー・デュークス店へと避難していた。


「見たかい、あの真っ青な顔。」

ハリーは壁を叩いて笑いこけていた。

「見たわよ!パンジーの声が聞こえたとたんーーあはははーーー」

もげらげら笑った。

その様子に他の買い物客が何事かと二人を振り返って見た。



「はい、これ僕のおごりね。」

「えっ?いいの?」

「うん、ちょうどいいだろ?体も暖まると思うし。」


数分後、店を出てきた二人はちょっと離れたベンチで

あったか〜い、メイプルカプチーノを仲良く腰掛けて飲んでいた。


彼女の横にはハリーとともに選んだ紅い包み紙のチョコレートが置かれていた。


「このあとレコード店に行くけどーお昼まであなたは何してるの?」

「う〜ん、適当に暇つぶししとくよ。そうだなーゾンコの店でも行ってるよ」


彼はぼんやりと答えた。




ディアヌ・クラウン・レコード店はすぐに見つかった。


ハニー・デュークス店から少し離れたところにあったからだ。


ガラス張りのよく磨きこまれたドアを押すと、彼女はびっくりして舌を巻いた。

たぶん、伯母の店はホグズミード中で一番大きいだろうと思った。


赤と黒で統一されたレコード店は都会的な感じがし、ずらりとよく整理された各国の音楽のレコードが大きなマホガニーの棚に並べられていた。

ガラス張りのドアには人気歌手、セレスティナ・ワーベックのポスターが貼られ、その横には「第1回 ディアヌ・クラウン・

レコード店 歌手選抜・・・」などなどの催し物のポスターも飾られていた。


「こんにちは」


歌手選抜の催し物を彼女が興味深げにじっと眺めていると、コツコツとハイヒールの音が近づいてきた。


二階に続く螺旋階段をレグホンハット(つばの広いイタリア産の帽子)を小粋な角度で被り、黒の縁飾りがついた赤のスーツを着用した派手な婦人が降りてきた。


ね?ディアヌ・クラウン・レコード店にようこそ!」


レグホン・ハットをさっと脱いだ顔の下には、魅力たっぷりの笑顔が、彼女を嬉しそうに出迎えてくれた。







次回、伯母とシシーがいよいよ対談します。そしてその時、ハリーの前にも意外な人物が登場します。




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