「ああ、またあなたがたですか・・・。」
マグゴナガル教授はけばけばしいピンク色の羊皮紙を黙読するとこれまでにない大きな溜息をついた。
あのアンブリッジの授業で二人はちょっとした大騒動を巻き起こし、アンブリッジから二人の問題行動について書かれた手紙をマグゴナガルに渡したハリー、
は
マグゴナガルの絶望の化身のような姿に思わず縮こまった。
「この手紙の内容は本当なんですか?ポッター、
。」
マグゴナガルはスペインの見事な手彫り彫刻が施された、事務机に羊皮紙を置きながら聞いた。
「はい、そうです。相違ありません。」
二人は同時に答えた。
「
、あなたは黙りなさいと言ったのですか?」
「はい」
「嘘つき呼ばわりしたのですか?」
「はい」
「例のあの人が戻ってきたと言ったのですか?」
「はい」
「ビスケットをおあがりなさい。二人とも。」
「えっ?」
思いもかけない言葉に二人はきょとんとしてしまった。これ以上ないしかめっ面をした、マグゴナガルから横っ面を張り飛ばされそうな予感がしたからだった。
「ビスケットをおあがりなさい。そしてお掛けなさい。」
マグゴナガルは気短に繰り返し、三人がけのソファを指差した。
「紅茶でよろしいですね?」
マグゴナガルはそれから杖で空を描き、二人の前に湯気の沸き立つティー・カップを出現させた。
「ありがとうございます。頂きます。」
ハリーと
は何だか断りづらくて素直に紅茶茶碗に口をつけた。
二人が生姜入りビスケットをつまみ、紅茶を飲み終えたのを見計らうとマグゴナガルは暖かな人間味のこもった声で語りかけた。
「二人とも、気をつけなければいけません。」
マグゴナガルの顔つきが深刻になった。
「ドローレス・アンブリッジの授業で態度が悪いと、あなたがたにとっては、寮の減点や罰則だけではすみませんよ。」
「あの人がどこから来ているか分かっていますね?そして、誰に報告しているのかも?」
、ハリーはその言葉の意味に今更ながら気づいたようだった。
ちょうどそこで終業ベルが鳴った。
「手紙には今週毎晩あなたがたに罰則を科すと書いてあります。明日からです。」
マグゴナガルが手紙の内容をもう一度読み返しながら言った。
「今週毎晩!!」
二人は揃って悲鳴を上げた。
「何故!?私、何か悪いこと言いました?あの先生に黙れと言ったのは・・私や皆が聞いていて我慢ならないようなことを言ったん・・!」
「そうです!彼女は何も悪くありません!マグゴナガル先生!あの状況では誰だって・・!それに僕たちは本当のことを言っただけで!!」
二人が納得いかぬという顔で同時にマグゴナガルに突っかかった。
「黙りなさい!」
マグゴナガルは二人の言い分を遮った。
「いいですか?どんな理由があるにしろ、教師に向かってそのような態度や、口の利き方はなりません!!
、ポッター。
これは嘘か真かの問題ではありません。あなたがたが低姿勢を保って癇癪を抑えられるかどうかの問題です!」
マグゴナガルはピシャリと言い切ると、サッと椅子から立ち上がった。握り締めた拳が震えていた。
はうつむいて、マグゴナガルの言ったことをじっと考えていたが、ハリーは納得いかぬという顔でマグゴナガルを睨みつけた。
それに気づいたのか、マグゴナガルは最後にこう付け加えた。
「二人とも、学期はじめにドローレス・アンブリッジが言ったことを覚えていますか?」
「はい、聞きました。」
さっきより、やけに素直になった
が答えた。
「魔法省がホグワーツに干渉するんですね。」
「そうですよ。
。それにポッター。」
マグゴナガルは探るようにハリー、
を見て、部屋のドアを開けた。
さっきより随分と声が和らいでいた。
「とにかく、今後のアンブリッジの授業では言動に気をつけることです。」
マグゴナガルは二人を見下ろして警告した。
「あ、
。ちょっとお待ちなさい。渡すものがあります。」
マグゴナガルはドアを出ようとした彼女を引き止めて、手に何かを握らせた。
「これは?」
は手の中の純白の名刺を見つめた。
「あなたのお父様のお姉様ですよ。今日、ここに訪れてあなたにこれを渡すようにと頼まれました。」
「フェリシティー・チェン・
?」
彼女は名刺に書かれた名前に小首を傾げた。
「でも、マグゴナガル教授。確か−ーーお父さんのお姉さん、つまり
一族は例のあの人に狙われて殺されたと聞きましたが・・・。
生きているはずはないんじゃ・・。」
彼女は雷に打たれたような感触が体全体を駆け巡るのを感じた。
「ああ、
。それがですね・・・」
マグゴナガルはそこでグスンと鼻を鳴らし、
の手をそっと握り締めた。
「私もつい、先日まで彼女は死んだと思っていたのです。それがまあどうでしょう!先日死んだはずの彼女がここへ訪ねてきました。
彼女は私の教え子で、優秀な二重スパイでした。危険を冒してまでヴォルデモート側について、ずっとダンブルドアに有力な情報を送っていました。
そのためにある晩、屋敷にデス・イーターの集団が進入して、危うく殺害されそうになりましたが、彼らを返り討ちにし、屋敷を爆破させ、地下を通って
無事に逃げおおせたそうです。その後は、生まれ故郷の中国、そして韓国に逃亡し、潜伏していたのです。」
それからマグゴナガル先生は、延々と時間の立つのを忘れてフェリシティー・チェンのことを語り始めた。
それによると、ダンブルドアの秘密のスパイだった彼女がやったことはいずれも他の人が聞いたらぞっとするような事ばかりだった。
飛び道具を用いての殺し合い、危険な秘密任務ーーー。
は男勝りな父方の伯母にググッと興味をそそられた。
「しかし、何故、その人はここに戻ってきたんですか?例のあの人は復活したんですよ!もし、フェリシティーさんが生きていることがバレたら
今度こそ殺されてしまいますよ!」
は脇で腕組みしながらハリーが聞いていることも忘れて、真っ青になって叫んだ。
「
。彼女は例のあの人に復讐するために戻ってきたのです。彼女は弟のデニス・
夫妻を例のあの人に殺されてしまいました。そしてそのことが原因で
彼女の両親、つまりあなたのお祖父様、お祖母様はショックのあまり、お亡くなりになられました。
先日ここに来たとき、彼女はこう言いました。「もう一度、命を懸けて必ず、復讐する」と。」
はしくしくと腕に顔をうずめて泣き出した。
(運命とはなんという皮肉なものだろう。家族が死に、残されたものは復讐のためにまた、自らの命を犠牲にするのだ。)
「私はこのことをあなたに話すのはつらいと思い悩みました。でも、話さなければと。これが真実なのです。」
マグゴナガルは目に涙を浮かべながら、彼女の頭をざらざらと長年荒れた手で、撫でた。
マグゴナガルからの思いがけない話を聞いた
は、睫に涙を残したままハリーとともに廊下を歩いていた。
「よかったと思うよ。だって、死んだと思っていた人が生きていたんだ。僕もそうだったらよかったんだけど・・・。」
ハリーはなんとか
を元気づけようと慎重に言葉を選んだ。
「そうね。そうだったわね。ハリーは戻ってほしいと思ってももう戻れないんだよね・・・。」
は涙を拭いて、グスッと鼻を鳴らした、
「大丈夫さ。マグゴナガル先生があとで言ってただろう?その人は現在、ダンブルドアの目の届く安全な場所で暮らしていると。
ね?だから、今度君のほうからほらー名刺に住所がかいてあるだろ?訪ねていったらどうだい?」
そう言って彼は彼女から名刺を取り上げた。
「ホグズミード村、ディアヌ・クラウン・レコード店、あっ、これ住所からしたらハニー・デュークスの近くじゃないかな?」
「うん、そうみたい。今度行ってみるわ。ありがとう。」
はにっこりと笑ってうなずいた。
そして、彼は落ち込んだとき、必ず私のそばにいて力づけてくれるのだと感じた。
その後、二人で寮の談話室に戻るとハーマイオニーの恐い顔とロンの心配そうな顔が出迎えてくれた。
「ああーーもう!」
絶望の化身のようなハーマイオニーはぐったりとソファに座り込んだ。
「ダンブルドアは何でこんなことを許したの!?」
「あんな酷い女に!どうして教えさせるの?」
「あんなこと言われちゃ誰だって頭にくるわ!二人が怒るのも無理ないわ!」
ハーマイオニーは狂ったように叫んだ。
「二人だけじゃないわ。私だってルーピン先生を尊敬してるのよ!なのにあの女!無知の知のくせに好き放題侮辱して!
それにセドリック・ディゴリーや例のあの人のこともよくもいいかげんな嘘をついて!!ええ、ええ、大嘘つきはあの女のほうだわ!!
誰があんな女の言うことを信用すると思うの?私、あんな女、先生と呼びたくないわ!」
今やハーマイオニーの目は異常なほどきらめいていた。
二人やロンはしばらく彼女の恐ろしい剣幕にあっけにとられていた。
「まあ、二人ともよく言ったよな。あの女にとっちゃいい薬になったんじゃないか。公衆の面前であの女は大嘘つきだと罵った
もんだからな。」
最後にロンがポンポンと二人の肩に手をかけて言った。
翌日の夕方、ハリー、
は連れ立って闇の魔術の防衛術の部屋へ向かった。
「こんばんは。ミスター・ポッター、
」
甘ったるい声がしてアンブリッジがドアを開けた。
「こんばんは。アンブリッジ先生。」
二人は突っ張った挨拶を返すと―この厭らしいガマガエルめ―と心の中で最後に付け加えた。
「さあ、お座んなさい。」アンブリッジはレースのかかった小さなテーブルを指差した。
二人はぐるりと部屋を見回した。
白いレースのカバーやカーテン、ドライフラワーをたっぷり生けた花瓶が数個。可愛い花瓶敷き。壁には首にいろいろなリボンを結んだ子猫の飾り皿の
コレクション。あまりの悪趣味に二人は見つめたまま立ちすくんだ。
二人がそこに座ろうとしたその時ーーー
ドアがノックされた。
「おんや?誰かしら?どうぞ。」
アンブリッジが甘ったるい声でドアに向かって呼びかけた。
「失礼するがアンブリッジ教授。そこの二人の罰則は今からですな?」
長い黒いマントを翻し、脂っこい髪をちらつかせながらセブルス・スネイプが部屋に入ってきた。
当の二人は突然訪ねてきた珍客に腰をぬかしそうになった。
「そうですけど。何か御用ですかしら?スネイプ教授?」
アンブリッジはとろんとした流し目でスネイプを見つめた。
「実は緊急である薬を仕上げないといけないのだがーー生憎、我輩一人では間に合いそうもないので助手が一人欲しいのだ。
何、簡単な作業を手伝うだけだ。アンブリッジ教授。どうせその二人は罰則なのだろう。どうだろう?
一人、こちらによこしてそれを罰則としていただけないだろうか?」
このスネイプの馬鹿丁寧だが、やや強引な提案に三人はあっけにとられてしばらくスネイプを見つめていた。
「まあ、それもいいでしょう。スネイプ教授。あたくし、この二人を一緒に罰則させるのはどうも効果がないようなそんな感じが
しましてね。一人、一人、別々に罰則を受けさせるほうが身にしみるでしょう?」
意外なことにアンブリッジはこの提案に大いに気をよくしたようだった。
「それではスネイプ教授。お二人のうちどちらを連れて行きますの?」
アンブリッジが柔らかに聞いた。
「ミス・
を連れて行く。ポッターの成績ではとても我輩の助手はつとまらんだろうからな。」
スネイプはニヤリと笑った。
「そう。そうね。では
。行ってらっしゃい。さあ、ポッターは残って続きをしましょうね。」アンブリッジが言った。
はしぶしぶながら、ガタリと椅子を引いて立ち上がり、ハリーのほうは「大丈夫?」と言いたげな顔で彼女を見た。