犬夜叉達がとある落城跡に集結した七人隊とおっぱじめている頃、
殺生丸一行は、標高数千メートルもあろうかと思われる白霊山に足を踏み入れていた。
「大きいお山だねぇ〜邪見様〜」
「ああ、すんごく気持ち悪い・・何でわしがこ〜んなところに入らねばならんのだ・・ったくもう!」
壮大な白霊山の峠で感嘆の声を上げるりんとはうらはらに
緑のしわくちゃ頭の妖怪はぐんにゃりとしていた。
「どうしたの、邪見様?」
「つらいんじゃよぉ!」
「何が?」
子供らしい無邪気さで、彼女はぜいぜい荒い息をしている緑の保護者を振り返って言った。
「聞くところによれば、この白霊山は聖域ではないか。我ら妖怪にとっては近づきがたき清らかさが
ここにはあるのじゃ・・」
邪見の隣では、双頭の獣、阿吽もこの聖域の清らかな気に当てられて参っているらしかった。
「でも、お姉さまは平気そうだよ邪見様」
りんは不思議そうに、桃色がかかった霞を見下ろす女を見やって呟いた。
(かっ!あいつめ〜半妖の癖に聖域の影響をち〜とも受けないとは・・信じらんない!全くもって可愛くない奴じゃ!)
邪見も幼子の視線の先に佇む女の姿を追ったが、フンと面白くなさそうに鼻を鳴らしてため息一つついた。
「違う、平気なんかじゃない。あの緑のちっちゃい奴は何も分かっていないようだけど。
半分人間である私でも聖域の影響を少なからず受けている。ましてや完全な大妖怪である殺生丸様はさぞやおつらいはず・・」
「本当に・・瘴気の塊である奈落がここに隠れていると思うだけ無駄骨なのでは・・」
姫はお花のような有無を言わせぬ笑顔で、りんに振り回されてもがいている従者に深い
ため息をつくと、白霊山を一人偵察しにいった化け犬の妖怪を思って嘆いた。
「遅いな〜殺生丸様〜」
小一時間が過ぎた頃、何も見るものがなくて退屈してきたりんはつまらなそうに呟いた。
(あぁ・・早く帰りたいなぁ〜)
それに呼応するかのように弱弱しく呟くのは邪見だ。
「どこ行っちゃったのかな〜ね、お姉さま?」
「そうねぇ・・あの方は気紛れな方だから私にも何が何やらさっぱり・・」
(よ、お前も分かってないのか!?というか殺生丸様早く助けに来てくんないかな・・)
根が天然なおなご二人の会話にさっぱりついてゆけず、ますます憔悴していく現実的な邪見であった。
それからしばらくして、偵察から一人戻ってきた殺生丸とその一行は強風が吹きつけるつり橋のたもとに差し掛かっていた。
りんは素足で埃っぽい地面を蹴ってご機嫌だったが、殺生丸と姫は不穏な気配を感じ取っていた。
「来る・・」
「奈落の手下か・・」
「は?何が、でございますか?」
二人が同じ方角を険しい目つきで見据えた時、一人、危険を察知できていない邪見はわけがわからない様子できょとんとしていた。
「、二人と下がっていろ・・」
殺生丸は綺麗な黒眉をぎゅっと寄せ、氷の矛を握り締めた姫に手短く命じた。
そして、俊足で地面を蹴るとぱっと飛び立ち、木立の影に目をつけた。
すると彼の狙い通り、そこから素早い仕込刀が飛んできた。
殺生丸は難なく蛇のように連なったそれらを闘鬼神で叩き落した。
「刀!?」
「おお〜っ!」
「やはり奈落の手下か・・あいも変わらず不意打ちとは卑怯な」
今の今まで危機を察知できなかったりんと邪見をよそに、邪悪な屍の気を察知していた
姫はむかむかと怒りがこみ上げてくるのを感じていた。
「奈落の手の者か?」
殺生丸は茂みから突き出た手を睨みつけながら尋ねた。
「よくお分かりで・・」
茂みをがさがさとかきわけ、遊び人風に着崩した緋の着物に紅をさした男はこの上ない邪悪な笑みを浮かべて
媚びるように頷いた。