エヴリンが息巻いてカイロ博物館の一室に足を踏み入れると、皆はあっと叫んだ。
何と館長とあのアラブ系の長が仲良く突っ立っているではないか。
リックは真っ先にピストルを取り出して構え、後からついて来たアメリカ人連中も続いて
ピストルを構え、遅ればせながらジョナサンも真っ白な上着のポケットを探って
ピストルを抜き出して構えた。
「これはこれはカナハン君、それに紳士諸君」
「何であなたがここにいるの?」
エヴリンは落ち着いてしゃんと姿勢を正しながら聞いた。
「その・・館長自らわざわざ彼を呼んだのですか?」
は困惑しながらおそるおそる尋ねた。
その黒髪の長、アーデス・ベイはの顔をはっとして見つめていたが、
すぐにわざとらしく視線をそらした。
「いかにも。さん。紳士諸君。落ち着いて話がしたければまずその物騒な物をしまいなさい」
館長は抑制の聞いた声で、男達の怒りを静めた。
「いいだろう。あんたの言葉を信用する」
リックはピストルをくるりと一回転させてホルスターに戻した。
「我々はずっと昔から死者の都を守ってきた、秘密結社のメンバーなのだ」
「代々、邪悪な大神官の蘇りを阻止してきた」
館長はどっかと安楽椅子に腰掛けながら言った。
「だが、奴は蘇った。お前達のおかげで」
「だからと言って罪のない人まであれだけ殺すの?」
アーデス・ベイの皮肉めいた言葉に、エヴリンは真っ向から立ち向かった。
「化け物を止めるためだ。多少の犠牲は仕方なかろう」
アーデスの視線を受けて館長が頷いた。
「ごもっとも!」
エヴリンとは怒って返事をするとつかつかと歩き出した。
「一つ質問!が気付いたんだが奴は何で猫を嫌う?」
リックが黄金色の輝く玉座の上から尋ねた。
「猫は黄泉の国からの監視役。完全に復活するまでは怖いのです」
「だがそれも今だけだ」
館長の言葉に覆いかぶさるようにアーデス・ベイは手厳しく言った。
アメリカ人連中が酷く怯えて囁き合う中、ジョナサンは呑気に黒塗りの長弓の弦を引っ張って遊んでいた。
「兄さん!こんな時にふざけないでちょうだい!」
相当気の高ぶったエヴリンはぴしゃりと兄を牽制し、彼と入れ代わりには立てかけてある黒塗りの長弓の下に立った。
「その・・今でも気になることがあるの。ミイラはあの遺跡の中で私をアナクスナムンと呼んだわ」
エヴリンのその言葉に、アーデスと館長の表情が一気に凍りついた。
「それにさっきはキスまでも・・」
「奴は王の愛人である彼女との禁断の恋でホムダイに。だが、3000年たった今も、まだ彼女を愛しているのか?」
「間違いない」
アーデス・べイは館長と慌しく話し込みながら、この上なく不安そうな表情を浮かべているに気遣うように見やった。
「何ともロマンチックなお話だけど、彼は何故私を?」
「奴はアナクスナムンも蘇らせる気だ」
アーデス・ベイのアラブ訛りの英語が張り詰めた館内に響いた。
「その為の生贄を既に選んだのだ」
館長の言葉の意味を悟ったは「嘘!何故よりにもよって!」と絶望的に呟き、
エヴリンはびっくりして目をしばたき、ジョナサンは「最悪の幸運だ」と珍しく真面目に塞ぎこんでいた。
「だが、我々に取ってはむしろ好都合」
「奴の復活までの時間を稼げる」
館長はこの場を覆うどんよりとした空気を振り払うように言った。
「だが、急がねば奴は刻一刻と暗黒の力を取り戻している」
アーデス・ベイの言葉どおり、カイロ博物館の天窓を不気味な暗雲がたちこめ、たちまち
太陽を覆い隠してしまったのだ。
「櫃を開けたのは全部で何人なの?」
ブライドン砦に戻ったエヴリンは改めて尋ねた。
「ああ、それは俺達二人とバーンズだ」
「それともう一人、あのエジプト人学者の先生だ」
骨壷を弄んでいたアメリカ人二人が口々に答えている。
「ベニーはどうしてた?」
リックが開け放たれた窓から沈んでいく太陽を眺めながら、険しい目つきで尋ねた。
「ああ、奴は櫃を開く前にずらかったよ」
金髪のアメリカ人が思い出したように言った。
「ずる賢い野郎だ」
黒髪のアメリカ人が苦笑した。
「そんなこったろうと思ったよ」
リックは手馴れたように答えた。
「エヴリン、、ここにいろ」
「そこの三人、一緒に来い」
「断る!」
「何で勝手に決めるのよ!」
さすが軍人らしく、命令することに慣れているリックは喧々囂々と抗議の声を上げた
連中を無視してすたこらさっさと歩き出した。
「ちょっと何するのよ!!」
「ジョナサン、何とかして!」
たちまちエヴリンは振り返って歩いてきたリックに担がれて奥の寝室へと
運ばれてしまった。
「ああ〜すまないね、エヴリン。僕は奴には逆らわないようにしてるんだ・・」
ジョナサンの申し訳なさそうな声が後ろから追いかけてきた。
「オコンネル、聞いてるの!?こんなやり方して乱暴者、嫌な奴!」
「、君は親愛なるいとこと隠れてろ」
「異議ははさまないわ」
「いい子だ」
エヴリンの罵る声を尻目に、彼はの腕をつかんでドアの向こうに引っ立てて行くと
命じた。
「お前、何があってもこのドアを開けるな。いいな?」
それからリックは、オーク材の頑丈な扉の鍵穴に鍵を差し込んで回すと
それを黒髪のアメリカ人に放り投げた。
「分かったな?」
「あ、ああ・・」
「ジョナサン、俺と来るんだ!」
ぎろりと金髪のアメリカ人を睨みつけてこれを縮み上がらせると、リックは嫌がるジョナサンを
叱り付けて引っ張っていった。
「エヴリン、心配しなくてもあの頼もしい仕官さんがお姫様を邪悪な神官から救ってくれるわ」
は彼女のサージのブラウスとフラノのスカートを脱がせ、漆黒のサテンのナイトドレスに着替えさせてやり、
なかなか寝付けないこのいとこを優しくベッドに押し込んだ。
「御伽噺にもあるでしょ?」
「でも、オコンネルはあんな乱暴者だし、立派なイギリス人の士官じゃ・・」
エヴリンはいとこの面白い言い回しに思わず噴出したが、リックの仕打ちに腹を立てているようだった。
「それは彼なりの愛情表現じゃないの?」
「彼はああ見えても照れ屋だから」
「分かった分かったもう寝る!あなたも早くお休みなさいよ」
エヴリンは顔を真っ赤にしながら、羽枕につっぷす何かにつけてリックと自分をからかういとこに背を向けて
目を瞑った。
いつしか、めまぐるしい今日一日の出来事でくたびれていたエヴリンは眠りに落ち、
もベット脇に突っ伏しながらうとうとしてしまった。
そんな折を見計らって、開けはなれた窓からイムホテップが砂嵐とともに乱入した。
彼は、見張りの金髪のアメリカ人をむごたらしく殺し、頑丈なドアの鍵穴から砂に姿を変えると
静かに侵入した。
は分厚い本を片手に眠りこけており、まさか、問題のミイラがエヴリンのベッド脇に
忍び寄って唇を重ねているとは夢にも思わなかった。
「おい、その汚らしい面を退けろ!!」
リックがオーク材のドアを蹴破って警告した時に、初めて目の前の事態に気付いたのだった。
は今しがたミイラにキスされたエヴリンの手を引っ張って、部屋の隅に飛んでいき、
イムホテップは憎しみに満ちた顔をリックに向けて吼えた。
(貴様・・どこまでも邪魔する気だな)
「そうかい、こいつはどうだ?」
だが、リックは怯まずにとっておきの切り札を抱き上げた。
イムホテップはたちまち恐れおののいて悲鳴を上げ、リックの腕に抱かれた白猫はきらりと目を光らせて戦いの叫びを上げた。
リック、ジョナサン、エヴリン、は派手に流砂を撒き散らして
逃亡した彼の災難をこうむるまいと、ベッドの下やシュロの鉢植えの隅に腕で頭や顔を覆って隠れた。