「ラシーム、ラシーム、ラシーム・ルカーシュカ!」

ジョナサンがエヴリンの薦めに従い、満面の笑みを浮かべて黄金の書を読み上げた時だった。

松明が焚かれた観音開きの扉がさっと開き、十人の侍従武官が槍や剣を携えて

行進してきたのだ。

「ジョナサン!!」

「ごめんよ、間違えた!」

たちまちの雷が落ち、彼は自分が大変恐ろしい間違いを犯したことに

縮み上がった。

「おお、いいねえ・・こっちもやりがいがあるよ」

はやる気満々の侍従武官に恐れをなして、リックの腕にしがみつき、

彼は内心冷や汗をかきながら苦笑していた。

「ジョナサン、お願い・・」

「僕がかい!?」

「あいつらに命令して」

「僕が命令を!?ご冗談を・・そんなの出来っこない!」

「表紙の文字を全部読んで。そしたら言うこと聞くから!」

エヴリンは宙に視線をさまよわせながら、比較的落ち着いた声で

実の兄に指示を下していた。

エヴリン、、リックの三人はじりじりと迫る侍従武官から逃れようと

後ずさりしていた。

その時だ。いつの間に台座から跳ね起きたのか、アナクスナムンのミイラが

エヴリンの背後に忍び寄り、襲いかかった。

「エヴリン!」

「行け!俺が奴らの相手をしてる間に!早く!」

リックは早口でまくし立てると、を横に押しやった。

エヴリンは悲鳴を上げながらも、アナクスナムンの短剣の二振りをかろうじて避けて走り出した。

「待て!」

は、イムホテップが侍従武官にリックを殺すよう命じているのを見とめると、

漆黒の長弓を片手にアナクスナムンを追いかけた。

「兄さん、早くして!」

エヴリンは遺跡内を逃げ惑いながら叫んだ。

ようやくが追いつき、背後から全体重をかけてアナクスナムンに飛びかかった。

二人は激しくもみあい、怒ったアナクスナムンはを突き刺そうと短剣を振り上げた。

は必死の形相で、漆黒の長弓で向かってきた短剣を受け止めた。

「最後の文字が分からないよ!」

「どんな形してる?」

ジョナサンは困ったように叫び、エヴリンは落ち着いた声で呼びかけた。

「これは何かの鳥かな?いや、コウノトリだ!」

!」

痛そうなうめき声が上がった。エヴリンのいとこが短剣で頬を切り裂かれたのだ。

「この馬鹿力!」

負傷したは怒った猫みたいに吼えると、仰向けの状態から起き上がりざまに思いっきりアナクスナムンを蹴り飛ばした。

「ア、アメノファスよ!」

エヴリンはやっと思い出して叫んだ。

「えーと、フータッシュ・アメノファス!」

背水の陣のリック目掛けてジョナサンの救いの声が響き渡った。

途端に四人の侍従武官は武器を振り上げた状態のまま、動かなくなった。

リックはおそるおそる目を開けた。

ジョナサンの命を受けた侍従武官はすっと武器を収め、あさっての方向を向いてしまった。

焦ったイムホテップが「何をしている、そいつを殺せ!」「私の命令だ!聞こえんのか!」

と狂ったように叫んでも一向に応じる気配はない。

「エヴリン、何か武器を・・痛っ!武器を探して!」

「ええい、往生際が悪い女ね!」

こちらではまだ女同士の熾烈な戦いが繰り広げられていた。

「ファクーシュカ・アナクスナムン!」

ジョナサンがさっきとはうって変わって、真剣な顔つきで呪文を読み上げた。

「アナクスナムン!」

その頼もしい声に余裕綽々だったイムホテップは凍りつき、は背後の壁にぶつかって

すかさずエヴリンが駆け寄った。

イムホテップは何とかしようと黄金の本を奪いにジョナサンに向かって行ったが、

時すでに遅し。

アナクスナムンは悲鳴を上げるまもなく、四人の侍従武官に全身をめった突きにされて

殺されてしまった。

(貴様を殺してやる!)

耐え難い怒りに駆られたイムホテップは、ずんずん進んでいくとジョナサンの首根っこを

つかんで締め上げた。

やっと追いついたリックが、戦いの叫びを上げてえいやっとイムホテップの腕を切り落とした。

ジョナサンは自分の首をつかんでいた腕が転げ落ちたのにびっくり仰天し、そこら中を跳ね回った。

腕を切り落とされたイムホテップだったが、なにぶん不死身なため、すぐに

切り落とされた上腕部から腕を再生させ、すごい力でリックの吊バンドをつかむと投げ飛ばした。

「エヴリン、手に入れたぞ。黒い本の鍵だ!」

ジョナサンはただ慌てていただけではなかった。

イムホテップの衣の中から黒い鍵を盗み出していたのである。

「よくやったわ、兄さん!リック、あいつの注意を引き付けてて!」

エヴリン、負傷したは走っていくとパズルボックスを

黒い本の鍵穴に入れて回した。

「このままじゃリックが死んでしまうわ!」

が金切り声を上げた。

彼の体は何度も何度も、イムホテップに持ち上げられて叩きつけられていたからである。

「おい、やばいぞ・・エヴリン、急げ!」

本を両腕に抱えて捧げ持つジョナサンが、かなり危険な状況に

追い込まれているリックの姿に気付いて妹を急かした。

「忍耐は美徳よ〜」

エヴリンは歌うように言うと本のページをめくった。

「エヴリン、早く!」

がイムホテップに頭上高く持ち上げられている彼を見とめて

絶叫した。

「これで分かった!カディシュマール・カディシュマール、パラデュース・パラデュース」

邪悪な大神官の息の根を止めるものを発見したエヴリンは、はっきりとその呪文を口に出して唱えた。

途端にイムホテップはリックを突き放し、何十段もある石段の上から

黄泉の国の使者が操る、黒い羽飾りをつけた四頭立ての馬車がやってくるのを見つめた。

馬車はそのまま、イムホテップの体から呪われた魂を引き抜いて連れ去っていった。





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