朱雀の巫女を助けたのもう一人の人物は紅南国皇帝で朱雀七星士の一人、星宿だった。

「美朱、大丈夫か?」

「私は一つも箸をつけてなくて大丈夫だったのですが――」

「お連れの方、心配は無用。このお嬢さんは饅頭を喉につまらせ息が出来なくなり倒れただけです」

駆け寄った柳宿や星宿を見上げ、安心させるようには言った。

人一倍心配した柳宿の鉄拳を朱雀の巫女がもろにくらった後、

彼らは次の目的地まで馬を進めていた。


「そうですか――あなたが美朱を助けたのですね」

「何とお礼を申し上げてよいのやら、失礼ですが、旅の方、名前は?」

「本名は。七星士名はと申します」

山賊どもの目の届かない森まで逃れてから、四人は束の間の休息をとっていた。

高貴な顔立ちに美しい濡れ羽色の黒髪の星宿は、この見ず知らずの客人

に何度も礼を述べていた。


「七星士!?じゃ、あなたが四人目の!?」

その言葉に、星宿の隣で話を聞いていた柳宿が真っ先に反応した。

「星宿、間違いないよ!私を助けてくれた時に、さんの首筋に真っ白な文字が浮き出るのが見えたもの!」

その言葉に美朱も真紅の鏡を取り出し、鏡の表面に「山」という文字が現れていることに気づいて

騒ぎ始めた。

(ここで私がお探しの朱雀七星士だと言えたら、どんなにいいだろう。

 難なく彼らの旅に同行でき、朱雀にこの永遠に消えない呪いとかけた記憶を取り戻すことが出来るのだから)

彼女の表情はそこで曇り、次の言葉を失ってしまった。

「どうしたのだ?」

「そうよ、何か急に暗くなっちゃったじゃない!」

心配した柳宿や星宿が声をかけてきた。

(やはり、彼らを騙すわけにいかない)

その言葉に勇気付けられたは意を決して口を開いた。

「残念ですが、私は同じ七星士でもあなたがたがお探しの者とは違います。

 さきほど巫女を助ける為に、首に浮き出た文字は白虎七星士の象徴でございます。

 私は、ずっとあなたがたを探して国中を旅していました。

 私の心身にかけられた、永遠に消えぬ呪いと欠けた記憶を取り戻すことを

 巫女にお願いするためにこうして今日、出会ったのでございます」



「そういえば――白虎七星士の体に浮き出る文字の色は白だと聞いたことがある」

星宿が細く綺麗な指を頬にあて、ふと思いついたように言った。

「そういや――あんたの仲間、他の七星士達はどうして一緒じゃないの?」

柳宿がちょっと考えて言った。

「話せば長くなりますが、彼らは私を死んだと思っています」

は遠い昔を懐かしむように言った。

「異界から召還された朱雀の巫女と同じく、私は数十年前、

 白虎の巫女と最愛の人、いえ、同じ七星士の婁宿を敵から

 護る為、この身を犠牲にしたのでございます」


「しかし、幸か不幸か、私は敵を体内に取り込み、滅することに
 
 成功し、生き返ったのですが、その影響で敵の妖術にかかり、永遠にこの

 忌まわしい呪いと記憶の大半を破壊されたのでございます」


「一度、離れ離れになった仲間を探してようやく白虎廟にたどりついたことがございます。

 しかし、この忌まわしい呪いのせいで白虎廟に入ることはかないませんでした。

 何度婁宿、婁宿と叫んでも、私の声はこの呪いのせいで妨害され、

 彼の耳にとどくことは決してなかったのです」


「今、私の記憶に残るのは最愛の人、婁宿と白虎の巫女のこと,自分の能力の

 ことだけでございます。あとは自分がどこの生まれで家族は誰なのか、

 残りの七星士達のことは何十年たった今も思いだせないのでございます」


「私の肉体や精神は本来ですと九十歳をとっくに超えているでしょう。

 ですが、この呪いのせいで、あの時のままなのです。白虎の巫女と婁宿

 を助けた時のまま―成長も老化もしないのでございます」


はここでふうとため息をついて話を終えた。



「なんと――あなたがそのような複雑な事情を抱えて、我々を探してらっしゃったとは」


「なんて酷いの!だって、今のあなたは家族の名前や帰る場所もないわけでしょ!?」


「星宿、柳宿、可愛そうだよ、早く朱雀を呼び出してこの人を助けてあげようよ!」


「なんてったって、私のことを助けてくれたんだもの、あの時、さんが

 剣を投げてなかったら、私、確実に死んでたもの!」


しばらくして、星宿、柳宿、美朱は競っての悲しい過去に同情した。


とくに朱雀の巫女は懸命に自分の命を救った恩人を弁護した。


「では、あつかましいのは重々承知していますが、あなたがたの旅にご同行してもいいのですね?」

は思い切って高みから飛び降りるような気持ちでいってみた。

「もちろんだ。井宿が宮廷で私の代わりをつとめているので、巫女を守る人数が足りないのだ。

 あなたなら充分に巫女を頼める!」


星宿はぐっとの手を握って力説した。


「そうよ―あんた、どうせ帰るとこもないし、白虎七星士なんでしょ?じゃあ

 普通の人間より強いし、あんたがいてくれたらこっちも戦力が増えて、大助かりだしね」


柳宿は得意そうにウィンクした。



「そうよ、困ってる時はお互いに助け合わなきゃ!ね、さん?」


美朱も嬉しそうに言った。



「ありがとう、朱雀の巫女様、そして、お連れの方々、このことは一生忘れません」


は朱雀七星士と巫女の暖かい心遣いに深く感謝して、頭を下げたのだった。





そして、めでたく朱雀七星士探しの旅に加わることになった

水をくみにいくためにと小川の沢に行ってしまった星宿と美朱をあとに、

柳宿と柔らかい草の上に腰掛けて、話し合っていたのだった。


「私は柳宿。七星士の能力はさっき、飲み屋で山賊の刀を折ったり、机をぶっこわしたときに分かったと

 思うけど、怪力なの」

「でさ―あんたの七星士の能力はなーに?」

柳宿は自慢の藍色のおさげを弄びながら聞いてきた。

「水を操るんです。さっき美朱さんを助けた時懐剣を投げたのですが、

 手から繰り出す水圧を利用して、通常の何倍もの速度で相手にものを命中させることができるんです」


「へぇ〜たいしたもんねぇ」

柳宿は感心して頷いている。


「それから、あんた、もう私達の旅の仲間なんだから、敬語は無用よ!くすぐったくて居心地悪くなっちゃう。

 美朱や星宿さまにもたいしてもよ。ふつーにしゃべってりゃいいんだから。

 二人とも呼び捨てにしてもおこらないわよ」



「美朱ぁぁ!」


「あぁあああ〜!」


するとここからさほど離れていない沢で二つの悲鳴が上がった。



「まずい、何かあったんだ!」

「行かなきゃ!」


と柳宿は真っ青な顔ですっくと立ち上がると、はじかれたように走り出した。


「美朱〜、星宿様ぁ!」

「お〜い、大丈夫か!」



「うわっ!」

「あうっ!」


二人が全速力であたりをかえりみず、仲間のところへ駆け寄ろうとした時だった。


すごい勢いでどこからともなく、丸太が二人の背後を直撃し


二人は腰から崩れ落ちるようにしてその場に倒れて意識を失った。


、しっかりしろ!」

さん、今は寝てる場合じゃないよ!」

「ちょっと、ったら!」



「ん・・」

は星宿の力強い腕の中で目を覚ました。

「婁宿・・私に会いに来てくれた・・」

まだ半分意識が朦朧としているは、嬉しそうに星宿の首に腕を回し抱きついた。

「なんか美形同士がラブシーンしてる・・」

美朱が、ポカンと口を開けてこの珍妙な光景のことを呟いた。

「この馬鹿っ、こんな非常時につまんないこというんじゃないの!

 ほら、あんたもとっとと星宿さまから離れなさいよ!」

柳宿の鉄拳をもろにくらって、完全に意識が戻って床に吹っ飛んだ

と、いきなり美しい彼女に抱きつかれて、まっかっかになった星宿は

しばらくショックを受けて呆然としていた。


(なんてことだ・・こんな近くに私と同じくらい美しい男がいたとは!)

星宿の度を越したナルシストぶりは、ここでも充分に発揮されていたのだった。


「すみませんでした、本当にすみませんでした!寝ぼけてて間違えたんです!」

「ふん、どーだか!知っててわざと抱きついたんじゃないのぉ?」

は必死で先ほどの無礼をわびていた。

やっとショックから抜けきった星宿は「はは・・気にするな」と苦笑いして許してくれたが、

柳宿は「私の星宿様によくもぬけぬけと・・しかも、あんた、男の癖にぃ・・」とかなりお怒りのようだった。



「よう、気づいたようだな!」



バンと景気よく扉が開かれ、ほろ酔い気分の山賊たちがぞろぞろと現れた。


「何者だ、貴様ら!」

星宿が声に威厳を持たせて叫んだ。

「なんだ、お前ら、俺達のこと知らないのか?

 じゃあ、教えてやろう、俺達はこの至t山の山賊だ!」

栗色の髪の陽気な赤ら顔の男が言った。


「お前らの荷物は通行料代りに頂いたぜ!」

黒髪の危険な目つきの男が得意そうに言った。


「くっ!」と星宿やがくやしそうにうめき、

それに味をしめた山賊どもは「いいか、おまえら、下手な真似をしたら

痛い目に会うぞ!」と脅した。

その後、山賊たちの体に文字が浮き出てるのではないかと疑った

美朱によって、事態はさらにややこしくなったのだった。

「なんじゃい、この娘は?」

美朱が両手と両足を縛られたまま、ぴょんぴょん、カエルのごとく

床を飛び回って、山賊たちの服の一部を食いちぎりまくっていたところに

後ろから足音もなく、藍色の髪の危険な目つきの山賊が現れて彼女をつまみあげた。



彼は「頭から、娘一人連れて来いいわれとんのやけど、元気ありあまっとるさかい、

お前にしたるわ!」と言い捨て、嫌がる朱雀の巫女を無理やり引っ張っていってしまった。


「せやけど、あんなかにむっちゃ綺麗な黒服の男がおったな。は〜こんな時に幻狼が帰っとたらな・・

 あいつ、酷い女嫌いやけど、これはいい線いくかもしれん。あの女みたいに綺麗な男やったら、あいつの女嫌い直るかもしれんしな・・

 もうこないなったら極端な線やけど、いくしかないしな・・まあ、もし、あいつが気に入らんかったら、あとで俺が・・」



「なにさっきから独り言言ってるの・・あんた?」


美朱が怪訝そうに、自分を山賊の頭のところに連れて行こうとしている攻児の企み顔を

見上げて呟いた。


「あんたが言ってる綺麗な黒服の男って・・まさか、さんのこと?」

「おっ!あいつの名前、いうんか?」

攻児は嬉しそうに囚われの朱雀の巫女に詰め寄った。

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