朱雀、白虎七星士達が亢宿の荒々しい音色にもがき苦しんでいると
どこからともなくそれを和らげる澄んだ可愛らしい音色が聞こえてきた。
「あっ・・痛みがなくなった・・」
その澄んだ可愛らしい草笛の音色は、亢宿の荒々しい音色を完全に
破り、にかけられていた笛の術の後遺症も消し去ってしまった。
「てめえ!」
意外な乱入音にすっかり動揺した亢宿は、怒りに燃える鬼宿の
飛び蹴りにも全くきづかなかったらしい。
彼の蹴りを頬に食らった亢宿はよろけたが、必死の形相で体制を
立て直し、朱雀殿の出口目掛けて飛び去った。
「待てっ!」
「俺も行くで!」
「あっ、私も!」
鬼宿、翼宿、術が完全に解けたはこぞって駆け出し、亢宿の後を追った。
騒ぎに気づいて駆けつけてきた近衛兵の一人を、笛で殴打して
扉を蹴破ると亢宿はひょいひょい宮殿の屋根を飛び越えて市街に出てしまった。
俊敏な三人はひょいひょいと民家の屋根を飛び越え、しっかりと木笛を握り締めて
逃げる亢宿を追った。
「待ちやがれ〜!!」
「あんた、止まりなさいよ!!」
鬼宿との怒号の声が亢宿の耳に突き刺さった。
「烈火神炎!!」
翼宿の狙った火炎放射が亢宿ではなく、鬼宿めがけて炸裂し、
彼は真っ黒焦げになってぶっ倒れた。
「てめえは〜どーいうつもりだ!?」
「すまん、タマ、わざとやねん・・」
怒った鬼宿は翼宿の胸倉をつかんで問い詰めたが、彼はさらさら悪びれる様子もなく答えるだけだった。
「痛〜っ!!」
「なにやってるのよ!!この馬鹿男、亢宿、逃げたじゃないっ!!」
ゴンという音がして、の鞘に収められた長剣が翼宿の頭めがけて
振り下ろされ、それを見た鬼宿は「女って怒らせると怖いよな・・」とあらためて思い知らされるはめになった。
「船を、船を早く出して下さい!!」
「無理だよ、あんた、ここんとこの洪水で何人か流されてるんだからさあ・・」
そのころ亢宿は、市街の外れの橋渡し場で船頭に必死で交渉しているところだった。
「も〜亢宿逃がしたら、あんたのせいだからねっ!!」
「じゃっかましいっ、俺はこいつにまだ恨みが――」
「お前ら、いい加減にその言い争いやめろよな!!」
ぎゃあぎゃあ言いながら、ようやく船着場に到着した三人に
亢宿はさっと青ざめた。
三人はぐるりと彼を取り囲んだ。
「亢宿だよな?青龍七星士はお前と心宿以外、全員揃ったのか?」
鬼宿が威嚇するように尋ねた。
「こんな奴に今更どうこう聞いてどうすんねん、仲間や思っとたのに!!」
翼宿が歯をむき出して唸った。
「よくもだましよって!!」
「翼宿、今回は止めないよ。私もこいつの企みに気づいて儀式の前に
止めようとしたが、逆にやられた――黙って見逃してやろうとする機会を与えたのに!!」
もそろりと一歩踏み出し、ぶるぶると怒りに打ち震えながら叫んだ。
「なんやと――よっしゃ、遠慮はいらん、一気にかたつけてしまうで!!」
二人が剣や鉄扇に手をかけ、攻撃の構えをとった時だった。
「鬼宿、翼宿、、戦っちゃだめ〜!!」
井宿のまたまた間違った瞬間移動で翼宿の頭の上に不時着してしまった
美朱の悲痛な声が飛んだ。
その僅かな隙を見逃すまいと、手負いの獣のように亢宿は、木笛を真っ直ぐに振り上げて美朱に襲いかかった。
「美朱、危ねえっ!」
鬼宿が美朱を庇うように飛び出し、亢宿の笛の打撃を被った。
「やめて、張宿、これ以上、人を傷つけないで!!あんなに綺麗な音色を吹ける人が――
その笛は人を励ましたり安らぎを与えたり出来るんじゃない!!あなただって、人を
傷つけたくないはずだよ!!、やめてぇ〜っ!!」
その言葉もむなしく、この事態を何とかしようと焦ったが放った「流虎水」が彼の身体をふわりと
空中に放り投げ、一瞬経ってから、まっさかさまにごおごおと
逆巻く川に突き落とした。
「張宿〜〜!!」
美朱が綺麗な水しぶきをあげて落ちていく亢宿を、助けようと駆け出そうと
した時だった。
彼女が最期にみたのは幾多のしがらみからようやく解き放たれた、亢宿の安らかに微笑む顔だった。
七星士と巫女は何ともやりきれぬ顔で宮殿に帰ってきた。
「美朱、あの子はどうなったの?」
開口一番、柳宿がおそるおそる尋ねた。
彼女は彼が最期に残した木笛を握ったまま、黙って首を振った。
「亢宿は・・美朱を襲おうと致しましたので、私の剣で川に突き落としました」
は星宿の視線を感じて、決まり悪そうに説明した。
「あの急流じゃまず助からねえ・・」
鬼宿が柳宿の視線を受けて続けて言った。
「そう・・あの子が青龍七星士だっとはねぇ・・」
柳宿が感慨深そうに呟いた。