あっという間に を乗せた汽車はロンドンのキングズ・クロス駅に到着した。
9と4分の3番線には伯母が心配そうな顔をして立っており、下車した を両手で力一杯抱きしめた。
「 、会いたかったわ。それにしてもずいぶん顔色が悪いわね。ちょっと痩せたみたいだし。大丈夫なの?」
ミナ伯母はしげしげと姪っ子を観察すると、心配そうに言った。
「伯母様、心配しないで!ちゃんと食事は取ってるわ。ただ・・」
はそこで可愛い顔を曇らせた。ホグワーツでの悪い噂。
それをこのニコニコしている優しい伯母に相談するべきなのだろうか。
無事に帰省したことが何よりうれしくてしょうがない伯母に。
とてもじゃないが言えるわけない。
そこで は無理やり笑顔を作った。
「ただ、何なの?言ってごらんなさい。何か心配事?」
ミナは の目を覗き込んで優しく尋ねた。
「何でもないの・・そ、それより今年はルーマニアで過ごすんでしょう?楽しみだわ。私ね、あの城館が一番好きなの!
古風でとても落ち着くわ。冬はちょっと寒いけどね。
ああ、今から帰れば教会のクリスマス・ミサに間にあうわ!今年はクリスマスに賛美歌が聞けるわけね〜
素敵なクリスマスになりそうだわ」
マグルのフランス行きの列車に乗り換えてからも、 はベラベラと際限なくしゃべりまくった。
(ああ、やはりこの子をホグワーツに入れたのは間違いだったのかしら?あそこで絶対よくないトラブルがあったんだわ。
家にドビーが来たのもそのせいだし・・)
ミナは車窓の風景に目をやりながら、ぼんやりと これまでの悪い兆候について考えをめぐらせていた。
そして2日目の夕方、列車はルーマニアの首都ブカレストに到着した。
ミナと はブカレスト駅で待ち構えていたポーターに荷物を渡し、真っ白なフォード・アングリアに乗り込んだ。
車は瞬く間にトランシルヴァニア地方のシビウ県の県境に到着、時計は夜の9時を回っていた。
そのままミナと は村落にあるビェルタンと呼ばれる13〜16世紀に建てられた要塞教会に足を運んだ。
教会には近隣の村からぞくぞくと人が集まってきていた。
皆、ふさふさとした毛皮の服に身を包み、足元にはぴかぴか光る黒の革靴を履いていた。
ミナと は最後尾の長いすに腰掛けた。ちょうど目の前には鳶色の髪を束ねた
背丈の高い男の人が居た。いよいよクリスマス・ミサの始まりだ。
神父のお祈りから、地元の歌手によるクリスマス・ソングの独唱、最後はシスター達の聖歌でつつがなく運んだ。
午後11時、教会からクリスマスムードで高揚した人々が家路を急ぎ始めた。
最後にミナと が出ようと腰を上げた時だ。
自分達の前に座っていた男の人が退出しようと立ち上がった。
「リーマス、誰かと思えばリーマスじゃないの!?こんなところで会えるなんて思ってもみなかったわ!」
ミナが嬉しそうな声を上げて、その鳶色の男の人を懐かしそうに呼び止めた。
「ああ!?ミナ姉さん!ミナ姉さんじゃないか?こんなとこで会えるとは思ってもみなかったよ!!」
男性は不思議そうな顔をしていたが、金持ちの身なりの良い夫人が誰だか分ったらしく
嬉しそうに片手をあげた。
二人の再会の場面に出くわして は頭がこんがらがってきた。
しまいには「ミナ伯母様に兄弟が居たかしら」と首をかしげる始末だった。
ふとそこで男性の目が、 の上に止まった。
そして、どうしたことかその男性の目は驚愕のあまり、普段の二倍に開かれた。
「エイミー?嘘だ・・エイミーだろう?だけど、こんなことなどまさか・・どうなっているんだ?」
その男性の目が深い悲しみと喜びに潤んだ。そして、 の手を取り、うわごとのように何度も呟いた。
「リーマス、違うのよ!この娘はエイミーじゃないわ。彼女はエイミーの娘の よ!でも、本当にお母様によく似てるでしょう?
私も時々、エイミーが戻ってきたかと錯覚するぐらいよ」
ミナがリーマスの狼狽に気づいて慌てて誤解を解いてやった。
「ほら、彼女が混乱してるわ。あなたが私のこと姉さんって呼ぶから。本当の弟だって思ってるのよ!ちゃんと説明してあげなきゃ」
ミナはそういうとリーマスの肩を思いっきりバシッと叩いた。
「すまないね、初対面なのにびっくりさせて。ただあまりにも君のお母さんに似てて驚いたんだ。
私の名前はリーマス・ジョン・ルーピン。君のお母さんとはホグワーツで一緒だった。どうぞよろしく」
そういうとリーマスは被っていた茶色の帽子を脱ぎ、 に片手を差し出した。
「そうだったんですか・・私は ・ 。こちらこそよろしくお願いします」
はにっこりと人懐っこい笑みを浮かべ、ルーピンと握手した。
その笑みでルーピンの頬が心なしか赤く染まったのはいうまでもない。
「お二人さん、夕食がまだでしょ。城の厨房にはディナーを用意しておくように言ってますからね。
リーマス、もちろん来るわよね?久しぶりの再会なんですから。いろいろと積もる話も聞きたいわ。
さあ、外に出ましょう。馬車を呼ぶわ」
ミナはルーピンに有無を言わさず、教会の出口に追い立てていった。
「うわ、寒くなってきたみたい。ロンドンと違ってルーマニアは冷えるのね」
は歯をがちがち言わせていた。
「ここはロンドンと違って冷帯だからね。でも、これで少しは暖かくなるんじゃないかな?」
にこりと微笑むとルーピンは の首に自分が巻いていた暖かそうな暗緑色のマフラーを巻いてやった。
「え、あ、ありがとう。でもあなたの方が寒いんじゃないですか?だってそのコート自体が寒そうだし」
はそう言ってルーピンの茶系統のつぎはぎだらけのコートに目をやった。
「ああ、気にしないで。私はここの寒さに慣れてるから。君はロンドン帰りだろう。急に気候が変わってるんだから
風邪引くとまずいよ」
ルーピンはそう言うとまたにこやかに笑った。
「リーマス、 馬車が来たわよ!さ、乗って!ああ、幽霊みたいな真っ青な顔して!ほら、これ貸してあげるわ」
三人が真っ黒な四等馬車に乗り込むと、ミナはルーピンに上等な毛皮の襟巻きを放ってよこした。
「ありがとう、あなたは本当に優しいね。
あ〜あ私の本当の姉さんだったらよかったのになぁ。今でもそんな性格だから結婚の申し込みとかくるだろう?
え?どうかな?女伯爵さん。」
の隣に座ったルーピンがけらけらと笑ってからかった。
「リーマス!今度結婚のけの字を言ったら承知しないわよ!ええ、ええ、そうですとも。今でも少なくとも2通はくるわね。
一人はあのギルデロイ・ロックハート、もう一人は言わないわ。とにかくもう二度と結婚は致しません!」
ミナはちょっと怒ってフーンと顎を反らせた。
「先生から?本当にロックハート先生から来るの?」
が不思議そうに言った。
「ロックハート先生?」
横からルーピンが口を挟んだ。
「あ、え〜と、私ホグワーツに行ってるんです。今年で二年目なのですけれど。
ロックハート先生っていうのは闇の魔術の防衛術の新しい先生なんです。
でも彼にはうんざりしてるんです。防衛術の腕はお世辞にも良いとはいえないし、なぜ、友達や他の女の子達が
夢中になるかわからないんです」
が苦笑いしながら、ルーピンにこれまでの彼の授業でのハプニングをしゃべった。
「だけど、 。どんな訳があるにしろ私は先生の悪口を言うのはよくないと思うな。
ホグワーツか。懐かしいな。そうだ、今年はハリー・ポッターもいるのかい?」
ルーピンは楽しそうに笑って言った。
「ええ、もちろん居ますよ。彼とは友達なんです。
ハリーって学校でとても人気があるんです。今年と去年のクィディッチでスリザリンをこてんぱんに負かしたんだから。
ハリーのお陰で去年は寮対抗杯をもらったし。それにね、彼ってとっても優しくて紳士なの。
有名だからって誰かさんみたいに威張り散らして校内を歩かないし」
はここで学校中を名門マルフォイ家の名を鼻にかけてふんぞりかえっているドラコの事が頭に浮かんだ。
ルーピンはホグワーツの楽しい話、ハリーの事が聞けて、とても満足しているようだった。
やがて馬車は黒い森の上空を飛行し、伯母の居城「ブラン城」の巨大な城門前に停車した。
門は三人が馬車から降りると、ひとりでに開いた。
巨大な城中に三人の足音が高らかに響いた。
この城は13〜14世紀に建てられたもので外壁は白、屋根や棟などは赤で統一されていた。ただ、時代のせいかところどころ老朽化していた。
小ホールに着くと、ミナはパンパンと二回手を叩いた。
とたんにシャンデリアやその他の全ての照明器具にポオッと灯がともった。
ルーピンは金で覆われたフレスコ画の天井や細長い長方形のテーブルの上のご馳走を見て歓声を上げた。
「リーマス、 。こっちを向いてらっしゃい!」
ミナはそういうと魔法のシルバーの杖を取り出し、二人めがけて振った。
「はい、あなた達へのクリスマス・プレゼント」
ミナはにっこりと笑い、驚いたやら嬉しいやらの二人に今度は自分にも魔法をかけた。
魔法でルーピンの継ぎはぎだらけの服は消え、変わりに絹の茶色の豪華なローブとマントが現れた。
の黒っぽい旅行着は消え、代わりにグリーンの金糸を刺繍した豪華なドレス・ローブがあった。
ミナといえば、クリスマスらしい紅色の毛皮の縁取りのあるベルベットのドレス・ローブを着用していた。
「ありがとう、ミナ姉さん。この贈り物、大事にさせてもらうよ。」
ルーピンはあまりの服装の豪華さに目を見張りながら礼を言った。
さて、三人の前には次々とクリスマスのご馳走が現れた。
まず、ルーマニアの郷土料理サルマーレ、ムサカ、ママリーガ、ミティティ、ブイ・ラ・チャウヌ、サラムラ、デザートには
パパナッシ、クリスマス・ケーキ、コゾナック、クラティテ、ズコット。
大人にはトゥルナヴァ、コトナリの二本のワインが、飲酒出来ない のために
ラズベリー・コーディアルが用意されていた。
「メリー・クリスマス!!」
三人が席に着くと、ルーピンがワイン・グラスを掲げて言った。
「メリー・クリスマス」
、ミナも彼にならってグラスを掲げた。
三人はグラスを突き合わせて乾杯し、クリスマスを祝った。
「ところでリーマス、いつからルーマニアに住んでたの?全然知らなかったわ」
ミナが魚料理をつつきながら聞いてきた。
「あれ、あーそうかミナ姉さんは知らないかな?つい最近なんだ。
イギリスで下宿してたんだけどちょっと問題を起こしてそこにいられなくなったのさ」
ルーピンはもくもくと肉料理をつつきながら言った。
「え、問題って?」
ミナが不思議そうに言った。
「え〜、あの〜あれだよ」
ルーピンはちらりと を見て気まずそうな顔をした。
「ああ、あれね、言いたくなきゃ言わなくていいわよ。そうそう他の皆さんは元気?
えーあれ、あの子達。学生時代、イギリスの私の屋敷にエイミーがよく連れてきてくれたわ。
名前は確かシリウス、ピーター。」
ミナは問題って何?と聞きたそうにしている を見て、慌てて話題を変えた。
「すごいな。あの時の僕らの名前を全部覚えててくれたなんて。
こんなこと言いたくないんだけど、シリウスはピーターや他の魔法使いを殺した罪で
アズカバンに送られたんだ」
ルーピンは悲しそうな顔をし、そこでガチャリとフォークとナイフを置いた。
「ご、ごめんなさい!リーマス。そんな事になってたって知らなかったの。
楽しいクリスマスなのにさっきから聞きたくない話題に触れちゃって」
ミナは慌てて、自分のミスをルーピンに謝った。
伯母の隣でラズベリー・コーディアルを飲んでいた は二人に聞きたいことがごまんとあったが、
二人の沈んだ雰囲気にとても聞けそうになかった。
「いいんだ。ミナ姉さんのせいじゃない。私はシリウスの冤罪を信じている」
ルーピンはそこでワインをグイッと飲み干した。
「それより、ここの料理は最高だ。私の好きな甘い物も沢山出るし」
湿っぽくなってきた場を変えようと、ルーピンはにこやかに微笑み、パパナッシ
(揚げド―ナツにサワークリームとジャムをトッピングした物)に手を伸ばした。
「沢山食べて頂戴ね。今日は嬉しいわ。お客様が一人増えるだけでいつもは寂しい食事がこんなに楽しくなるのね」
ミナはルーピンの旺盛な食欲に刺激されて、クリスマス・ケーキを一切れ取り、 と自分の皿に盛り付けた。
「もう一杯いかが?」
それからミナは彼に赤ワインをグラスになみなみと注いでやった。
「ルーピンさん、甘い物好きなんですね。さっきから沢山食べてるし」
がクリスマス・ケーキを頬張りながら言った。
「甘い物を食べると私は元気になるんだ。それに下宿ではこんな珍しいデザート食べられないしね。ほら、 これ美味しいよ。
そういいながらルーピンは彼女の皿にクラティテ(中にジャムやチョコが入ったパンケーキ)を載せた。
さて、三人はおおかた食事を平らげ、とても幸福な気分に満ち足りていた。
「そうだ!ミナ姉さん。せっかくのクリスマスだろ。踊らない?もちろんここの民族舞踊で。残念ながら私は恋人でもなんでもないけど。
せっかくそんな綺麗な衣装を着てるんだしもったいないよ」
ルーピンはそういうと遠慮がちにミナのほうに手を差し出した。
「お互い様でしょう?あなたも恋人いないんじゃないの?」
ミナはクスクスと笑って、ルーピンの手を取った。
「じゃ、伴奏は に頼もうかしら」
ミナはそういうとホールの端に置かれていたチェンバロを指差した。
「いいわ。じゃ幾つか弾くわ。」
はそういうとチェンバロの方に走っていった。
の弾くルーマニアの民族舞曲にあわせて、二人は手をつないで、ダンス・ホールの方に歩いていった。
二人は腰帯踊り、ポルカ、速い踊りと呼ばれる踊りを踊った。
二人とも長身の上、美形なので知らない人が見たら恋人同士だろうと見まちがえたことだろう。
の目にミナのベルベッドの衣装とルーピンの真新しいマントがはためくのが映った。
ようやくミナとルーピンが戻ってきた。
「じゃ、リーマス。今度は と踊ってらっしゃい。あなたの目がさっきから彼女にばかりいってますよ」
「ミナ姉さん!?からかうのはやめてくれよ」
ルーピンがここで顔を真っ赤にしながら口をさしはさんだ。
「いいですよ。クリスマスですもの。皆が楽しまなくちゃ」
はそういうと愛想よくルーピンの手を取った。
「ではお二人さん、行きますよ。」
ミナがチェンバロの方に向かい、弾き始めた。
最初はテンポの穏やかなポルカだ。
ルーピンはなかなか踊るのが上手かった。背の高さが25センチも離れた を滑らかにリードしていたのだ。
「とてもダンス上手なんですね」
「君こそ、なかなかだ」
ルーピンは の耳元に甘く囁きかけた。
はダンス・パートナーとして大人の男性と踊ったのは初めてだったのでたちまち耳まで真っ赤になった。
最後の曲、速い踊りーアレグロではかなりスピード・アップしたが、二人はなかなか上手く、ルーピンはスピンに を何度も巻き込んだ。
ミナは のグリーンのドレスとルーピンのマントがはためいているのを視界に留めると満足そうに微笑んだ。
「はい、お疲れ様。楽しかった?あらら、もうこんな時間ね。 。もう寝たほうがいいわ。」
ミナは幾分か頬の上気している彼女を見ると、ベッドにいくように促した。
「おやすみなさい!!ミスター・ルーピン、伯母様。とても楽しかったわ。」
はそういうと小さく手を振り、寝室への階段を駆け上っていった。
「おやすみ、 」
ルーピンは彼女の後ろ姿に微笑んで手を振った。
翌朝、 彼女 が階下の小ホールに降りて行くとミナはホールの隅に置かれた簡易ベッドでぐっすりと寝込んでいた。
「やあ、おはよう。 」ルーピンが爽やかに声をかけてきた。
「何ですか?これ?」
はびっくり仰天してテーブルの上に並べられた大量の酒瓶の山を見つめた。
「あ〜それね。昨日久しぶりに姉さんと会っただろう?それですっかり会話に花が咲いてしまって」
ルーピンは顔を赤くしながら決まり悪そうに答えた。
「それで一晩中飲み明かしたというわけですか。まったく、伯母様をこんなに酔っ払らせて!しょうがないですね!」
は半ばあきれ返ってちらとグテングテンに酔っ払って寝ている伯母を眺め、腰に手を当ててルーピンを睨みつけた。
「すまないね。私は客なのに。あ、大丈夫だよ。姉さんには酔い覚ましのお薬を飲ましといたから。じきに寝てたら直るよ」
ルーピンは苦笑いしながら彼女に謝り、酒瓶を魔法の杖を振って一気に片付けた。
ちょうどそれが済んだころに召使達が、テーブルに朝の食事を運んできた。
「ではルーピン様、お嬢様、私らはこれで失礼させて頂きます。あ、奥様は私らがお二階に連れて行きますから。」
そういうと召使たちや執事は軽々と簡易ベッドからミナを抱き上げ、担ぎ上げて部屋を出て行った。
「ごゆっくりとお過ごしくださいませ」
「ありがとう。あ、悪いんだけど彼女が目覚めたらお腹がすいてると思うから何か軽食を用意しといてくれるかな?」
年老いた執事がドアを閉める前に、ルーピンは言った。
「はい、旦那様」
賢そうな老執事は丁寧に頭を下げるとそそくさと階上に上がっていった。
「じゃあ、せっかくだから冷めてしまわないうちに食べてしまいましょう!」
はルーピンに座るように声をかけ、ナプキンを膝の上に広げた。
今日の朝食はイギリス式で、朝から山のようなご馳走が細長いサイドボードに並んでいた。
「私が入れるよ。食べたいものを言ってくれる?」
ルーピンは二枚お皿を持って、ボードの前をゆっくりと歩きながら聞いた。
「ありがとうございます、じゃあ――」
はお言葉に甘えて食べたいものを指示していった。
ルーピンは銀のサイドボードの中からベーコンやかき卵、網焼きのトマト、マッシュルームのソテー、ブラック・プディングを取り分けて皿に
たっぷりとのせてくれた。
その他、サイドボードにはアスピック、レリッシュ、チーズ、スパイスの効いたビーフ、塩漬けの魚、塩漬けのガチョウ、ゼリーで固めた鶉卵、
果物、ジャムなどがあった。
ルーピンは旺盛な食欲で彼女を喜ばせ、
「こんな美味しい料理と、美しいお嬢さんやご婦人にもてなしてもらえるのは千載一遇の機会だ」
と豪語した。
ほかほかのハンガリーの白パン、ゼンメルをかじりながら はいつのまにかホグワーツのいやな出来事も忘れて声を立てて笑っていた。
朝食後、すっかり機嫌をよくした はルーピンの手を取り、城の周りを案内すると言って散歩に連れ出した。
「さあ、乗って下さい」
はバギー(屋根なし一頭立ての軽装四輪馬車)にルーピンを乗り込ませ、自ら馬の手綱を取った。
「君が手綱を取るのかい?」
「そうですよ。これでも慣れてるんだから。さあ、行け。」
は軽く言うと、ぴしりと馬の背を乗馬鞭で叩いた。
馬は駆け出し、城下の森のほうへと向かった。
「あそこにほらー見えるのがトランシルヴァニア山脈。綺麗でしょう?
そしてその向こうがカルパティア山脈。秋になるとカエデで辺り一面真っ赤になって
まるで山が燃えているみたいになるんです」
彼女は山道のずっと下の民家から流れてくる大麦の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
「こことちょうど反対側のところにガラツの港があるんだ。そしてその向こうがドナウ川、黒海だ。黒海には行った事ある?」
ルーピンは少し彼女のほうに体をずらせながら聞いた。
「いいえ、残念ながら行ったことはないんです。」
は恥ずかしそうに答えた。
「そうかい。じゃあいつか私が連れて行ってあげようか?私はいつでもここにいるから」
ルーピンはにっこりと彼女に笑みを投げかけた。
「えっ?本当ですか?それじゃ是非次の夏季休暇で帰って来たときにお願いします!」
はぱあっと目を輝かせ、ルーピンの腕にしがみついた。
「おいおい・・嬉しいのは分かるけど前方見ない危ないよ」
ルーピンは突然、彼女がしがみついてきたのでちょっとびっくりして頬を赤らめた。
彼はそれを隠そうと、自分の顔を見つめている彼女から手綱を受け取り、真っ直ぐ前方を見つめた。
「どうかしたんですか?顔が少し赤いみたいだわ」
何にも気づいてない は心配そうに彼の顔を覗き込んだ。
「大丈夫、なんでもないよ。それより、あんまり身を乗り出すと危ないよ。座ってなさい」
ルーピンは「本当に大丈夫?」と言いたげな表情で自分を覗き込んでいる彼女から慌てて目を背けた。
この無邪気な彼女に瞳の中を覗き込まれると、ひょっとして今自分の考えていることを読み取られるのではないかと思ったからだ。
(ほんとにそっくりなんだね―エイミーに。その目、口元、笑顔、ちょっとしたしぐさ。
今こうやって私は彼女と二人きりで彼女と話しが出来るなんて信じられないくらいだ)
今度はルーピンが、熱っぽい眼差しで彼女を見つめたので、彼女は恥ずかしくなってその場で固まってしまった。
(何故、この人は悲しそうに私を見るのだろう?目が離せない。あ、でもこの人の瞳は今まで見たこともないぐらい澄んでいて綺麗だ。
まるでアイルランドの夕暮れ時のような深い蒼い目のようだ)
はでしばらくうっとりと物言わずにルーピンを見つめていた。
「あの〜ルーピンさん」
しばらくたってようやく息を吹き返した が口を開いた。
二人の目の前を、霜の着いたカエデの葉がひらひらと弧を描いて通り過ぎていった。
「ルーピンさん、噂ってやっぱり気にします?」
「例えば、どんな噂かな?悪い噂?いい噂?」
ルーピンはにこにこと笑って馬の足掻きを緩めた。
「え、その〜悪い噂のほうです。」
彼女はぼそりと呟いた。
「そうだな〜東洋ではこんなことわざがある。人の噂も七十五日。つまりちょっと月日がたてば皆すっからかんに忘れてしまうわけさ。
まあ、私もいろいろ悪い噂もいい噂もさんざんされたけどてんで気にしなかったね。
気にすれば気にするほど、どんどんどつぼにはまっちゃうから。
いいたい奴には好きなだけ言わせとけってことだよ。そうだージェームズ、シリウス、エイミーをごらんよ。365日絶えずいい噂と悪い噂を
流されてたんだよ。なんたってホグワーツきっての人気者だったしね。一度、エイミーが悪い噂を流されて泣いたことがあったけど、その時は
シリウスやジェームズが「今度彼女の目の前で変な噂をしてみろ。ぶっとばすぞ」とか言って脅かしたんだ。ああ、あの三人は
とってもいい親友同士だったな。悲しみも、苦しみも、喜びも、共有していた」
ルーピンはそこまで言うと目を閉じて、しばし自分の思い出だけにひたった。
「私にも、そんな大事な友達がいるんです。」
はルーピンの手綱を持っていない方の手に、自分の手を重ね合わせながら言った。
「へぇ〜その友達ってもしかして、ハリーかい?」
ルーピンは彼女の細い指が自分の大きな手に重ねられたのを嬉しく思い、にやりとした。
「ええ、ハリーはもちろん、あと二人もいるんです。ロン・ウィーズリーでしょう、それからハーマイオニー・グレンジャー。
最高の友達です。私、この三人とはホグワーツに入学してからいろんなことをやったわ。数えたら一冊の本がかけるぐらい!」
「へえ〜ロンはウィーズリー家の子だね。懐かしいな〜お父さんのアーサーとは先輩にあたるんだ。
あ、そうだ!セブルス・スネイプ先生っているだろう?」
ルーピンは急に可笑しそうに笑った。
「ええ、もちろんいますけど。彼は魔法薬学の先生です。だけど、あの先生、いっつもハリーを苛めるのよね・・」
は不快そうにぶつぶつと言った。
「ハハハハ・・その人は私の同級生だよ。スリザリン寮出身だけど」
「えっ!そうなんですか。じゃあハリーのお父さんとも?」
「その通り」
「へぇ〜あの先生とルーピンさんがねぇ・・」
はその事実がどういうわけか相いれないかのように言った。
その日はまさに清談高話で、 はルーピンからいろいろなことを話してもらいすっかり気分がよくなった。
夕焼けが地平線に赤く輝き、ごとごとと揺れるバギーも心地よかったので、
今までの疲れがどっとたまっていた彼女は、彼の肩にうとうとともたれかかって居眠りしてしまったが。
「夢じゃないだろうか?」
ルーピンはそっと彼女を抱き寄せて何度も呟いた。
「彼女が私を見て笑ってくれた。あの時、エイミーがそうしたように・・」
ルーピンの目から一筋の涙が零れ落ちた。
翌日以降、ルーピンはミナやの要望でブラン城にしばらく「お客様」として泊まってくれることになった。
は彼に宿題のわからないところを教えてもらったり、一緒に新年のミサに出かけたりした。
いよいよホグワーツに戻る日がやってきた。
三人 はルーマニアの教会の地下墓地に埋葬された 夫妻の墓を訪れ、そこに大きなカサブランカの花束を供えた。
それから三人は墓参りの後、ブカレスト空港に向かった。
「まもなく、プラハ、ベルリン経由ロンドン着便出発いたします。」
ルーマニア語のアナウンスが空港内に鳴り響いた。
「じゃあ気をつけていってらっしゃい。とっても楽しい毎日だったよ」
ルーピンは をやさしく抱きしめて言った。
「こちらこそありがとうございました。いろいろアドバイスして頂いて。おかげで今まで気になってたことが解決しました」
は心から笑って、ルーピンの首にかじりついた。
「それはよかった。では姉さんも気をつけて。」
「ありがとう、リーマス。もう行くわね」
そういうとミナは を連れて搭乗ゲートに向かった。
ルーピンは二人の姿が見えなくなるまでずっと見送っていた。
「お帰り!」
がホグワーツに戻ってきた。
ハリーとロンは嬉しくて、ただただ嬉しくてかわりばんこに彼女を力一杯抱きしめた。
「ありがとう、ちょっと・・もう、苦しい、苦しい〜」
ハリーがあまりにも力強く抱きしめたので彼の腕から逃れようとは必死でもがいた。
「ハリー、おいおい、そんなんじゃが死んでしまうぜ」
ロンがゲラゲラと笑いながらハリーを彼女からひっぺがした。
「ハーマイオニーは?」
「すぐ会えるさ!」
ロンはそういうとを医務室に引っ張っていった。
「 !もう戻らないかと思ったわ!よく伯母様が承知してくださったわね!」
医務室のベッドに横たわっていたハーマイオニーが感激のあまり彼女に飛びついてきた。
「私も嬉しいわ。ハーマイオニーにまた会えて!!でも何で医務室にいるの?何、その顔の毛は?」
彼女と抱き合っていたがようやく異変に気づいて言った。
「あー、実はね、僕ら、ポリジュースを飲んでマルフォイから秘密の部屋について聞き出したんだけど・・」
ハリーが決まり悪そうに咳払いをし、これまでの経過を話し始めた。
「じゃ秘密の部屋を空けたのはドラコじゃなかったの!?」
「 、そうなんだよ。それどころかあいつは秘密の部屋のことについて僕たちほど詳しくは知らない。
だけどその代わり新たな情報が聞けたよ。あいつの父親は魔法省の抜き打ち検査をかいくぐって、自宅にいろんな闇の魔術の道具
が詰まった秘密の部屋を応接間の床下に所持してるんだ」
「たくっ、今晩パパに手紙を書いてそこを調べるように言ってやる!」
ロンがハリーに力強く言った。
「ふ〜ん、じゃ、また振り出しに戻りね。秘密の部屋はドラコが開けたんじゃないと・・」
ががっくりと肩を落として言った。
「で、ハーマイオニーのその猫の毛はポリジュースの思わぬハプニングでなっちゃったってわけね。」
が彼女の顔を仔細に観察しながら言った。
「そういうこと。あっ、何だよこれ?このお見舞いカードあいつからじゃないか!」
ここで何かに気づいたロンが、ハーマイオニーの枕の下に押し込んであった金ぴかのカードを取り出した。
「これ、こんなもの枕の下に入れて寝ているのか?」
ロンはあきれかえって彼女を見た。
「ロックハートっておべんちゃらのサイッテーな奴だよな?」
医務室からの帰り道、ロンは苦々しく に言った。
「ロン、今の彼女には何を言っても無駄よ。ほら、恋は盲目って言うじゃない?」
はむすっとしている彼をなぐさめるように言ってやった。
「へぇ〜そんなもんなのかな?ところで君もハーマイオニーみたいなことあったのかい?」
ロンはしぶしぶそれを認めたが、逆にに尋ねてきた。
「ん〜これも恋とは言えるのかな?私の場合、一目ぼれというかなんというか・・」
は休暇中偶然であったルーピンの事を思い出していた。
「えっ、そりゃ間違いなくハーマイオニーの熱病そのものだよ!で誰なんだい?」
ロンは驚いて、それから意味ありげにハリーを見た。
「そんな・・とてもじゃないけど言えないわ!言ったらきっとものすごくびっくりすると思うし」
はたちまち耳まで真っ赤になってしまって口をつぐんだ。
「ね、 !絶対誰にも言わないから、苗字だけでもいいから教えてくれない?」
彼女に思いを寄せるハリーは気が気でない。真剣な顔をして、 彼女に迫った。
「絶対に誰にも喋らないと約束してよね。まあ、どうせこの学校の人じゃないし分らないか・・苗字はルーピンよ」
「はい、言ったんだからこれでこの話はおしまいにしましょう」
彼女はそう言うとぴしゃりと話を打ち切った。
そして、ハリーの「え、ちょっと待ってよ!」という叫び声も虚しく、女子寮の階段を脱兎のごとく駆け上がりドアを閉めてしまった。
「君でも僕でもなかったな。だけどどこの誰だと思う?僕らの知ってる範囲じゃルーピンって奴、いないぜ」
「はそれ以上言わないみたいだし・・よっぽど気に入ってるのかな・・ルーピン、ルーピンっていったい誰なんだ?」
ロンとハリーはそれからしばらくぶつぶつと考え込んでしまった。
それから一週間後、クィディッチでグリフィンドール対ハッフルパフの試合中継の最中に
彼女や全校生徒の耳に悲しい知らせがはいった。
「ポッター、 、ウィーズリー、驚いてはいけません・・また襲われました。」
マグゴナガルが静かにつぶやいた。
が声にならない叫びをあげてその場で気絶した。
医務室のベッドに目をカッと見開いたまま、石化して横たわっていたのはあのハーマイオニーだった。
「ああ、よかった・・気が付いたようですね。」
の上にマグゴナガル教授のひどく心配した顔があった。
「私、倒れたのですか?」
はむっくりと医務室のカーテンで囲まれたベッドから起き上がった。
「よほどあなたには衝撃が強すぎたようですね。ああ、あなたの友達は図書館近くで発見されました。
、ポッター達にも訊ねたのですが、これが何か説明出来ますか?」
マグゴナガル教授は小さな鏡を手にしていた。
「いいえ、分かりません。でも、なぜですか?たしかクィディッチの観戦中でしたよね?なぜ、彼女がその時間競技場に居ず、図書館にいたのでしょう?」
「 、その事に関しては私も理解しかねます。とりあえず具合はもういいのですね?じゃあ私が寮まで送っていきましょう」
その夜、三人は透明マントにすっぽりとくるまり、ハグリッドに会いに行った。
「三人ともこんなとこで何しとる?」
ハグリッドは半ば上の空でハリーたちに茶とフルーツ・ケーキを切ってくれた。
「ハグリッド、大丈夫?」
ハリーが心配そうに声をかけた。
「ハーマイオニーのこと、聞いた?」
今度は が尋ねてみた。
「ああ、聞いたとも。たしかに・・」
そう答えながらもハグリッドは、窓のほうをちらちらと盗み見していた。
「ねえ、どうかしたの!?」
はイライラしながらハグリッドに詰問した。
コンコンと表のノッカーがひっくり返される音がした。
「早く隠れるんだ!」
ハリーが小声で とロンに言い、さっと透明マントで自分たちを覆い、部屋の隅に引っ込んだ。
ハグリッドが木戸を開けるとそこにはダンブルドア、ファッジ大臣が立っていた。
「俺がアズカバンにさ行くんですかい!?」
「ほんの短い間だけだ」
ハグリッドとファッジ大臣は慌しく喋りだした。
「もう来ていたのか、ファッジ大臣」
そこへさっそうと長髪をなびかせたルシウス・マルフォイが小屋に入ってきた。
「何の用だ?俺の家から出て行け!」
ハグリッドは気を悪くして怒鳴った。
それからルシウス氏はダンブルドアが理事会の決定で停職処分になったことを伝えた。
「ルシウス、ちょっと待ってくれ、この非常事態に!?ダメダメ・・ダンブルドアが停職など絶対に困る・・」
ファッジはあたふたと困ったように反対した。
「貴様!え?いったい理事達を何人脅して賛成させたんだ?ダンブルドア先生を辞めさせるもんならやってみろ!俺は認めんぞ!」
「アズカバンの看守にそのような口を利けると思ったら大間違いだ。.さあ、この手を離してもらおうか?」
ファッジは驚愕し、ハグリッドは怒りの余りマルフォイ氏の胸倉をむんずとつかみ、巨大なパンチを今にも繰り出そうとしていた。
「止めなさい、ハグリッド」
ダンブルドアがハグリッドを厳しくたしなめた。
「ルシウス、理事たちがワシの退陣を求めるならワシは潔く退こう」
「しかし・・」
ダンブルドアは明るいブルーアイでルシウス氏の冷たいグレーアイを見据えた。
「覚えておくがよい。わしが本当にこの学校から離れるのは、わしに忠実なものが、ここに誰一人いなくなったときだけじゃ。
よいか、ホグワーツでは助けを求める者には、必ずそれが与えられる。」
家の隅に隠れていた三人はその言葉に胸がつまった。
「いやはや、実にご立派なご心境で」
マルフォイ氏が嫌みったらしく言った。
「なにかをみっけたかったら蜘蛛の跡を追えばええ。」
ハグリッドは小屋のなかに向かってそう言い放ち、ファッジ大臣が連行していった。
マルフォイ氏は勝ち誇った笑みを浮かべ、どこかへ急ぎ足で消えてしまった。
「門を叩け、されば道は開かれる・・・。」
後に残されたダンブルドアは小屋に向かって静かに呟き、その場を去った。
「なんて、ひどい!あの無慈悲なにくらしい人!!」
透明マントをパッと脱ぎ、 は唇をワナワナと震わせた。
「アズカバンに送られるべきなのはあのルシウス・マルフォイじゃないの!」
は休暇中にルーピンとミナが話していた、アズカバンに投獄されたシリウス・ブラックのことを思い出した。
彼がもし、ルーピンの言ったとおり冤罪ならば、ハグリッドと同じではないか!
アズカバンはひどいところだ。母の親友だったシリウス、そして、新たに投獄されたハグリッドは無事に生還できる見込みがなかった。
「急ごう、 。悪いけど今は感傷にひたっている時間はない!さ、ファング。森に行くよ!」
ハリーがファングを素早く連れてきた。ロンは蜘蛛が怖いのか、青ざめながら の手を引っ張って森の方へ歩いていった。
ハリーと が同時に杖を取り出し明かりをつけた。
ファングはフンフンとそこら中を嗅ぎ回って、三人についてきた。
森の中腹まで行った頃、・蜘蛛の群れが突然、木の根元から這い出てきた。
ハリーのかけ声でロンと はメチャクチャに走って蜘蛛の跡をつけた。
突然、ファングが吠えだした。
ロンが悲鳴を上げた。
木を切り払った窪地の中を星明りが照らした。
三人の目の前にはあっという間に巨大な蜘蛛が数匹立ちはだかった。
その他、人間の臭いを嗅ぎつけたのか、沢山の大蜘蛛が鋏をがちゃつかせながら集結した。
「ハグリッドか?」
盲目の大蜘蛛アラゴグが近づいてきて言った。
「知らん人間だ!殺せ!」
アラゴグは仲間の蜘蛛に命じた。
「待って!!手を出さないで!!」
が何を思ったかグイとアラゴグの前に進み出た。
「お願い、この人達に手を出さないで・・」
がおだてるように猫なで声で言うと、アラゴグや他の蜘蛛は急にスーッとおとなしくなった。
「懐かしき我が同胞よ・・」
アラゴグが昔を懐かしむ口調で彼女 に話し掛けた。
「ど、どういうことだ? はその蜘蛛を知ってるのか??」
ロンが怯えた声で聞いた。
「えっ!?し、知るわけないじゃない!」
は慌てて首を振った。
「あなたは秘密の部屋からでてきたんじゃないんですか?」
ハリーは額に汗を浮かべながらも懸命に言った。
「お前は誰だ?」
「ハグリッドの友人です!」
「馬鹿な!ハグリッドは一度もこの地に人をよこしたことはない!」
「今はそれどころじゃないんです!ハグリッドが大変なんです!アズカバンに移されました。」
それからハリーはアラゴグに秘密の部屋のこと、五十年前に女子学生が怪物に襲われたことを語った。
「断じてその怪物はワシではない!ワシはさっきも言ったとおりこの城で生まれたのではない!よって秘密の部屋からでてきたのではない!
それにその女子学生の死体はトイレで発見された。わしは自分の育った物置の中以外、城の他の場所はどこも
見た事がない!わしらの仲間は暗くて狭い場所を好む・・」
アラゴグは怒って鋏をカチカチと鳴らした。
じゃあ、いったい何がその女の子を殺したんでしょう?そいつはまた皆を襲う気なんです。」
ハリーがアラゴグに必死に聞いた。
「城に住むそのものはわしらが何よりも恐れる太古の生き物だ・・」
「いったい何者なんです!?」
「わしらはその生き物の話をしない!いいや、名前さえ口にしない!ワシをこの城で育てたハグリッドにすらその名前を教えなかった!」
「え、じゃあハグリッドがあなたを育てたんですか?」
は震える声を押さえて聞いた。
「そうだ、ハグリッドはワシがまだ卵のときから、面倒を見てくれた。城の物置に隠し、食事の残り物を与えてくれた。
ハグリッドは今でも時々訪ねてきてくれる・・妻も捜してきてくれた・・ハグリッドはワシの親友だ。
女の子を殺した罪を着せられた時、ワシを護ってくれた。
その時以来、ワシはこの森に住みつづけている。さあ、行け!もう行け!お嬢さんの命令で
わしらはせっかく飛び込んできた新鮮な肉を食えない!
命があるうちに立ち去るがよい!」
アラゴグはハリーとロンに向かってイライラと言った。
「ああ〜怖かった!ハグリッドったら!蜘蛛の跡をつけろだって?許さないぞ。
僕たち、 がいなかったら生きて帰れたと思うか??」
ロンはいまだ恐怖に怯えながらうめいた。
「でも秘密の部屋を開けたのがハグリッドじゃなくてよかったよ」
ハリーがホッとしながら言った。
「それより、ねえ、 . あの蜘蛛なんで 君の言葉で急におとなしくなっちゃったの?」
ロンがふと思い出して聞いてきた。
「分からないわ。でも考えられるのはハリーと似たような能力じゃないかしら。なんだっけ?ああ、そうそうパーセル・マウスよ。
ハリーは蛇と話せるでしょう?」
「じゃあ、君は蜘蛛を手なずけられるって言いたいのか?」
それを聞いたロンの顔から一瞬、血の気が引いた。
「もう、そんな顔しなくてもいいのよ。第一、手なずけるなんて・・ただ、私は蜘蛛じゃなく猫、犬、鴉、狼とも話したことがあるのよ。
あ、でも、一度だけ、狼が人を襲おうとしたとき、私がやめろ!といったら急におとなしくなったわね」
「マジかよ!?そういうのを 、手なずけるって言うんだぜ・・狼なんて特にそうだよ。普通やめろ!って言って、人を襲うのをやめるか?」
「やっぱりそうなのかしら・・」
「ああ、とにかく君らはすごいよ。いろんな意味でね!」
三人が透明マントの中でベラベラしゃべっている間にいつのまにか城の入り口に着いた。
三人は、そーっときしむ扉を半開きにし、大理石の階段を音を立てぬよう急いで上り、グリフィンドールの談話室になだれ込んだ。
「お休み・・」 が大あくびをしながら女子寮へ戻ろうとした。
「 !」
「何?」
ハリーが突然ひらめいた。
「ロン、 、死んだ女の子はトイレで見つかったってアラゴグが言ってたよね?」
「ええ、そんなこと言ってたの?そういや確かに言ってたわ!じゃ、まさか!?」
はピンときて言った。
「そう、そのまさかだよ」
ハリーが続けた。
「もしかして、嘆きのマートル!?」
の眠気はそのひとことで完全に吹っ飛んだ。