サヤが主演男優を投げ飛ばした騒ぎが収まってから、撮影クルー達は次のロケ場所である

ショッピングモールへのカフェテラスへと移動していた。

「次は二人の待ち合わせのシーンだ。遅れてきた美咲ちゃんが走ってくるところからな」

髭面の監督からの指示が飛び、メイクアップアーティストが男優の下へ駆け寄り、

エキストラ達はそれぞれの立ち位置にスタンバイした。

そして、持ち前の明るさで監督の指示に答えるサヤがいた。

「もう、ついきたらだめだってば!誰かに見つかるでしょう?

 おとなしく帰りなさいよ!」

「い〜じゃない。これ終わったらちゃーんと帰るからさ。ほんとにあんた頭固いね!」

こちらではエレベーターホールで小声で言い争うアイドルとの姿があった。




「ちょっと待って!おい、そこの娘!」

そんな時、モニタリングを行っていた監督がカメラの隅に映っていた

の姿に目を止めて呼び止めた。

「え?誰?」

「げっ、やっばーい!」

要領のいいアイドルはこそこそと撮影クルー達の目の届かないところにまで逃げてしまい、

可愛そうな一人だけがぽつんと残された。

「君、君だよ!君しかいないだろ?」

「分かったら、早くこっち来て!時間ないんだよ!」

監督はイライラと舌打ちしながら、ちょうど手持ち無沙汰だった

アイドルのマネージャーに目配せし、彼女を連れてくるように命じた。

「おい、予定変更!この娘使うから!」

監督は現場にいた撮影クルー達全員に呼びかけると、本来の配役が着る予定だったカフェ

店員の制服を持ってこさせた。


あれよあれよという間にメイクアップアーティストとともに控え室に送り込まれ、

綺麗にメイクを施され、カフェの店員の制服を着たは戻ってきた。

「君は美咲ちゃんとすれ違うように歩いてきて。出来るだけ自然な感じで頼むよ」

「何も喋らなくていいからね」

「はぁ・・」

監督はてきぱきと戸惑うに演技指導を行うと、撮影を開始した。


真っ白なプラスチックテーブルに腰掛けてコーヒーを飲むスマートな男性。

彼がちらりとステンレススチールの時計に目をやった時、

可愛らしい声とブーツの靴音が響いた。


「ごめんね、待ったぁ?」

サヤだ。

彼女は片手を振りながら、飛びっきりの笑顔で小走りに駆けて来る。

向かいからはショートケーキが載った盆を片手に歩いてくるがいる。

は演技初心者で緊張しているサヤを少しでもリラックスさせようと

にこやかに微笑みかけた。

サヤも気心の知れた仲間の気遣いに感謝したのか、さっきとはうってかわって自然な演技

が出来ていた。

が、ここでまさかの事態が起きた。

小鳥のように軽やかに駆けていたサヤは突然、バランスを崩しての持っていた

ショートケーキの盆の上に華麗にダイブしたのである。

「サヤ?」

「ごめん・・」

は予想だにしない出来事に固まり、アイドルのマネージャーは

またまた気が遠くなり、監督は悲鳴を上げた。




「どうしたの、美咲ちゃん。ちゃんとしてもらわなければ困るんだよ」

河川敷では監督がひたすら平謝りするサヤを叱りつけているところだった。

男性マネージャーもおろおろとしており、バンの影で様子を伺っていた

アイドルともさすがに気の毒に思っていた。

「今度は頑張ります!」

「本当に頼むよ、まったく・・」

サヤは今にも泣きそうな顔で仏頂面の監督に頭を下げていた。



「サヤ、あんなに怒られてたけど大丈夫?」

ここでバンの影に隠れていたがこっそりと出てきた。

「平気平気。私が悪いんだし、あっ、イタッ・・」

サヤはしきりに心配する精霊に微笑んでみようとしたが、突然、左ひざを抱えて

うずくまってしまった。

「あんた、足怪我してんじゃないの?だからさっきも・・」

「嘘・・これ、あの僧侶の呪いが進んでるんじゃないの!」

松葉杖をつきながらやってきたアイドルも顔を曇らせ、

フレアスカートをそっとめくり、サヤのすっきりとした足を観察して悲鳴を上げた。

「こんなになるまでやって!もうやめていいよ!無理することないよ!」

アイドルは呆れ返るやら腹ただしいやらで嘆いた。

「もとはといえば、あなたがサボるからここまでやってるんじゃないの?」

その言葉にはむっとして突っかかった。

「え?サボるって?」

「おい、そこ!何をベラベラ喋っとるんだ!じゃ、川に落ちた思い出の写真を

 拾うシーン行くぞ!」

何にも裏事情を知らないサヤが不思議そうに聞き返そうとした時、監督の

不機嫌そうなだみ声が飛んだ。

「行こう。こんなわがままな子、私見たことないよ」

はフーンと顎を反らせると、サヤの腕を取り、アイドルから遠ざけてしまった。



呪いの傷が心配でたまらないや良心の呵責を感じたアイドルをよそに、

どんどん撮影は佳境に入っていく。


「カット!もっとちゃんと演技して!」

「何やっとるんだ、転ぶな!」

「カット、笑顔がない、笑顔が!」

「どっか痛いのか?」

監督の激が飛び、サヤは何度も何度も疼く左足をこらえて冷たい川の中に入る

はめになった。


「どうするのよ?あの人素人なのよ。なのにあ〜んなバカスカ怒られて」

「どっかのお偉い女優様のせいでね、と〜んだとばっちり」

怒りが収まらないは横で良心の呵責に責めさいなまれているアイドルに

八つ当たりした。

主演男優も何度も何度もNGを出すサヤに苛立ちを隠せないようで、現場の雰囲気は

誰が見てもピリピリしていた。


しかし、幸運なことについにサヤは5テイク目でOKを出した。

男性マネージャーはほっと胸をなでおろし、監督はもみ手しそうな勢いで

褒めちぎってくれた。


「ありがとうございます!!」

サヤは足の痛みも何もかも忘れて飛びっきりの笑顔で監督に礼を言った。

バンの影では反目しあうとアイドルもお互いに抱き合って

喜び合っていたのは言うまでもない。



が、この場の浮かれた雰囲気をぶち壊すかのように宇宙海賊の一味である僧侶が現れた。

僧侶は撮影用機材にお札を飛ばして爆発させ、現場を混乱に陥れていた。


「海賊!」

たちまちサヤの表情が険しくなり、はとっさに後ろ手にアイドルを庇っていた。

「あんただけは逃がさない!」

「サヤ!あんな足で!」

小川から上がったサヤは足を引きずりながら僧侶に立ち向かい、

はこれはまずいと駆け出した。

変身したサヤは星獣剣片手に勇ましく向かっていくが、僧侶の念仏で足の傷が膿みだして

ひっくり返ってしまう。


「お前の足はすでに札の呪いにかかっている。拙僧の念により地獄の痛みを

 味わせてやることが出来よう」

僧侶は激しい痛みでのた打ち回るサヤを見下ろしながら、ゆっくりと近づいてきた。

そのまま僧侶は星獣剣を握り締めたサヤの片手を蹴り上げた。

「馬鹿、もう一人いるのを忘れてもらっては困るわね!」

しかし、そこへ氷柱の剣が飛んでくると僧侶の左腕に突き刺さって

蛮行を防いでくれた。

「おのれ、伏兵がいたのか・・」

僧侶はくやしそうに左腕に突き刺さった細身の剣を引き抜きながら、

とりあえずは後退した。

「覚悟!」

は鴛鴦斧を前に突き出して凄んだ。

「おぬしの仲間の命はもう長くはない。長居は無用。さらばだ」

さらに遠くの方からサヤのピンチを察知してハヤテ達が駆けつけてきたので

僧侶はずらかった。


「御札に気をつけて!」

サヤは紫色に変色した呪詛の痛みに耐えながらリョウマ達に警告した。

「サヤ、大丈夫?」

「まずいわね・・さっきより痛みが酷くなってる」

バンの後ろに隠れていたアイドル、は変身が解けたサヤの足を見て

しきりに心配していた。

そして、このアイドルは仕事が嫌でわざと仮病を使ったことをこの場を借りて謝罪した。

「大丈夫、大丈夫、私、体力だけは自身あるから」

「どうするの?このままじゃじきに動けなくなるわよ。この人」

はこんな状況でも笑顔を忘れないサヤを気遣って発言した。

・・そこまで言わなくても。ほんとにまだ動けるって・・」

「マジでやばいから言ってんの!私、最初からこの子に何もかも見抜かれてたんだ。

 けど、この子はぶつぶつ言いながらもマネージャーとかあんたには

 私のこと黙っててくれたんだよ!」

「そっか、そうだったんだ・・

「だってこのわがまま娘言っても聞かないからしょうがないじゃない・・」

サヤはやっとわけが分かったようにうなずき、は気まずそうに

アイドルの方を見て呟いた。

「とにかく行かなきゃ」

サヤは星獣剣に杖のようにすがり、足を引きずりながら歩き出した。

「駄目、そんな身体じゃあんた返り討ちにされちゃうよ!」

見かねたアイドルが叫び、がまたまたうずくまったサヤを支える。

「でも、私はや皆にだけ・・」

「サヤ・・」

アイドルはなおも戦おうとする彼女を悲痛そうな面持ちで見つめた。

「ちょっと待って!」

まるで双子のようによく似ている二人を見比べながらは突然閃いた。

「敵は呪術の使い手。だったらこっちからもあいつを騙してやるのよ」

「え?どういうこと?」

アイドルとサヤは不思議そうに首を傾げた。



どこまでも続く緑の絨毯とそれを取り囲む常緑樹の木々。

男四人がかりで向かっていっても、この僧侶を相手にするには歯が立たなかった。

呪術に長けているだけなく、錫の名手もある僧侶は力の強いゴウキのみぞおちに

打撃を加えて投げ飛ばすと、すかさず「全身金縛り」の呪いの札で四人の動きを止めた。


「待ちなさい、まだ私がいるよ!」

見えない呪術で苦しむ男四人を救うかのようにその声は響いた。

「浅はかな・・懲りぬ奴め」

僧侶はフンと鼻で笑うと、森の奥から星獣剣片手に駆けつけてきたサヤを視界にとらえた。

サヤは星獣剣を振り上げて向かっていくが、僧侶の錫で受け止めらた上、

弾き飛ばされてしまい、さらに両肩と顔に三太刀浴びせられてしまう始末である。


「サヤ!」

全身金縛りの術に苦しむリョウマは樹上の茂みに突っ込んだ女戦士を

横目で見て叫んだ。


の奴、こんな時に何やってんだよ!?」

「ヒカル、言うな!」

同じく動けないヒカルはなかなか現れない精霊に対して内心の苛立ちを

ぶちまけたが、どんな時でも冷静な姿勢を崩さないハヤテにたしなめられた。

「私が経を上げてやろう!」

僧侶は木から落ちて変身も解けたサヤを見つけて高笑いした。

「ふざけないで、私は戦士よ」

「絶対に負けない!」

サヤは持ち前の強気で対抗するが、僧侶に目の前に錫を突きつけられて戸惑った。

「一気に冥土へ行け!」


「待て、この生臭坊主!」

サヤを始末するのに気を取られていた僧侶はが放った氷のアースを

避けきれずに仰け反った。

さらに、やられたと見せかけて樹上に隠れていたサヤが牙で飛び斬りを

食らわせた。

僧侶はよろよろと地面を転がりながら体勢を立て直したが、背後から

が大声を上げ、鴛鴦斧の持ち手を僧侶の右脚に引っ掛けて転倒させた。

そして、その一瞬の隙をついてサヤの牙が発射され、

僧侶が持っていた呪札の束を粉々に砕いた。

たちまちサヤやハヤテ達に刻印されていた御札の呪いが解ける。


「ど、どういうことだ。その女は確かにやられたはず・・」

完全に混乱した僧侶はなかなか事態が飲み込めず、急に現れた

二人のサヤを見比べて叫んだ。

「私のこと知らないの?」

特殊メイクで顔に泥を塗ったかのように見せかけた星野美咲が

上機嫌で自己紹介した。

実は、これはが発案し、一筋縄では行かない僧侶をかく乱させる為、

一計を案じたのだった。

そして、何か役に立ちたいと思っていたアイドルはその計画に乗ってくれて

サヤの身代わりを快く務めたのだった。

「わっ、本物のみ、美咲ちゃん?」

アイドル好きのヒカルは戦いもそっちのけで、突然現れた憧れのアイドルに見惚れた。

「ごめんね、かなり遅れて」

「まさか、お前がこれを考えついたのか?」

「そう!」

ハヤテの側にこっそりと駆け寄ったは小声で詫びていた。

「それにしてもさすが女優さん!いい演技だった」

それからは親しみをこめてアイドルの肩を抱き、にんまりとほくそ笑んだ。

三人の小娘にまんまと騙された僧侶の怒りは半端ではない。

錫をしゃなりと鳴らすと、どこかで待機していた水兵達を呼び寄せた。

ハヤテは空中で大きく回転すると、何人かの水兵の顎を蹴り上げた。

リョウマは走っていくと、力強い二太刀を水兵の胸や肩に浴びせた。

ゴウキは荒々しい力技を繰り出して水兵を投げ飛ばし、ヒカルは獣撃棒で向かってくる

水兵を狙い撃ちしていた。

、行くよ!」

サヤは傍らのに呼びかけ、二人は息ぴったりに僧侶目掛けて突っ込んでいった。

サヤは横とんぼ返りで振り下ろされた僧侶の錫を避け、

すぐにの魔剣が僧侶を襲う。

二人は何度か剣や錫を叩き付けていたが、は僧侶の手で首元に突きを入れられてし

まい、吹っ飛ばされてしまう。

首元を押さえながら転がったに迫る僧侶にサヤの猫拳が炸裂し、

彼女はそのまま全体重をかけ敵を押し倒した。


げほげほとむせ返るを尻目に、二人はじりじりと間合いを詰めて向かい合った。

サヤは振り上げられた僧侶の錫の下を潜り抜けて、素早い牙の三太刀を浴びせた。

僧侶は錫を振ってレーザービームを放ったが、サヤは優れた反射神経で

それをさっとしゃがんで避けると、お返しに寝転んだ状態からピンクの洋弓を弾いた。

とうとうピンクの光の矢が僧侶の胸を貫き、彼は絶命した。



ところ変わってシルバースタークラブのコテージ。

サヤの窮地を救ったアイドルは晴れ晴れとした顔でインタビューに答えていた。

画面を通じてサヤに呼びかける姿にはこれまでの迷いがもう見られなかった。

いつもはクールなも「あのわがままな人間の娘でもこんなに変わるのか」と

感心していたが。


「お前もなかなかいい演技してたよ」

ハヤテはの柔らかな黒髪をくしゃくしゃと撫でるとこっそりと言った。

「あのドラマ見たの?」

「ああ」

「ほんとほんと。あ〜あ、私も海賊倒したらアイドルになろうかな〜?」

サヤもこの上ない上機嫌での労をねぎらうと爆弾発言をかました。

はともかく、サヤみたいなお転婆な性格じゃちょっと無理だな〜」

「バカッ!そんな大きな声で・・」

が慌てて失言したリョウマの服の袖を引っ張ったが、

すでに遅かったのは言うまでもない。

、ほんとに助けて!助けてくれ!」

「何よ、リョウマ!がよくて何で私が駄目なわけ?」

サヤはつかつかと彼の前に歩いていくとヘッドロックを食らわせて

黙らせたのだった。





































































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