そうこうしているうちにバスは、海水浴場のある利根ヶ浜に到着した。
そこはゴウキが密かに想いを寄せる女先生の実家がある場所でもあり、
予想通り、そこに里帰りしていた彼女にばったりと出くわしてしまった。
ゴウキは爆睡中に悪戯心を起こしたヒカルやハヤテなどに、顔中にマジックで
落書きされたことも知らず、喜び勇んで、こけつまろびつ、バスのステップから飛び降りた。
女先生は「ゴウキさん、今日は一段と素敵な顔してますね」と
くすくす笑いながら褒め、いまだに顔中に落書きされたことに
気づかない彼はそれを大真面目に受け取っていた。
これがのつぼにはまり、彼女は「ゴウキ、それは違う意味で・・」
と言いかけてきゃはははと笑いが止まらなくなってしまった。
「あれでも幸せそうなんだ。ほっといてやろう・・」
ハヤテは必死に湧き上がってくる含み笑いをかみ殺して、「だって・・あれ・・誰か・・教えてあげ・・な」
と目に涙をためてまで笑い転げているを引っ張っていってしまった。
各自水着に着替えた彼らは、早速雲行きが怪しい海に直行していた。
そんな天候のせいか、海の向こうから吹きつける潮風もどこか湿り気を帯びていた。
リョウマは黄色の浮き輪をつけて豪快に泳ぎ、サヤはのんびりとビーチマットに乗っかって
ぷかぷかと波間に浮かんでいたが、背後から潜水してきたヒカルにマットをひっくり返されて
撃沈させられていた。
にとって海は初めてで何もかもが珍しく面白かった。
薄い肩紐を結んだ真っ白なビキニを来た彼女は、おおはしゃぎで海に飛び込み、
こっそりと潜水してリョウマに近づき、波間に見え隠れする黄色の浮き輪を引っ張って
びっくり仰天した彼を転覆させていた。
「こらぁ〜、悪ふざけが過ぎるぞ!!」
「待てっ、このっ、!」
「嫌〜!!」
リョウマはあははと無邪気な微笑みを浮かべながら、に海水をぶっかけ始め、
彼女も負けじと彼目掛けて海水を引っかけた。
「ハヤテ、いいの?さんのこと好きなんでしょう?」
「こっちに来るよう誘ってあげたら?」
「いや、俺は別に・・」
波打ち際ではコテージに遊びに来ている勇太という子供相手に
ビーチボールをするハヤテの姿があった。
この子供にまで氷の精が好きなことを見破られてしまった彼は、リョウマと追いかけっこを
するにヒュウガの影が見え隠れする奇妙な感覚に陥っていた。
「ほら、捕まえたぞ!」
「しまった、リョウマ、その手はないでしょう〜!?」
「痛っ!」
悪ふざけが過ぎてに思いっきり抱きついてしまった彼は、次の瞬間、
真っ赤なビーチボールを頭にぶつけられていた。
「ああ、悪いな〜勇太と遊んでたら思わぬ場所に飛んでしまったみたいだな・・」
リョウマはそこに緑の悪魔を見たような気がした。
彼は全身から血の気が引き、慌ててから離れた。
「!こっちに来て勇太と一緒にやらないか?」
先ほどまでのサタンのようなどす黒い笑みを消し、大天使ミカエルのような柔和な笑みを浮かべた
ハヤテは海水につかっていた彼女を朗らかに呼んだ。
(こ、殺されるかと思った。俺はついはしゃぎ過ぎただけなのに・・)
(でも、あれ、ハヤテの奴、絶対にわざとぶつけただろ・・)
(ヒュウガ兄さん、今日はマジでハヤテが怖く見えた日でした・・)
再び黄色の浮き輪をつけて一人もくもくとクロールし始めたリョウマは、今は手の届かぬところに
いってしまった兄に恐々と胸の中で複雑な心境を報告していた。
後半、一人とてつもない恐怖感に襲われたリョウマを除いて、さんざんぱらはしゃいだ四人は
女先生とゴウキがコンロで焼いたバーベキューの前に集合していた。
お約束どおり、バーベキューコンロの中でじゅうじゅうと肉汁が滴り落ちている
串に手を伸ばそうとしたヒカルの手をゴウキが引っぱたき、女先生が「お肉が焼けるまでの間、皆さんで召し上がって下さい」
と自家製トマトを差し入れしてくれた。
皆は目を輝かせてワーッとトマトの乗っかった皿に手を伸ばしたが、ハヤテだけは目を剥いて
飲みかけの麦茶を取り落とした。
「まさか、ハチミツだけでなくトマトも嫌いなの?」
すぐにその挙動不審な態度を、隣で一緒に烏龍茶を飲んでいたに
見抜かれてしまい、彼はこくこくと頷いた。
「お前は好きなのか?」
ハヤテは美味しそうに果汁の滴るトマトを頬張るにあっけらかんとして尋ねた。
「え?もちろん。たいていの人は好きだと思ってたけど・・」
は不思議そうに食べかけのトマトから唇を離すと答えた。
「頼む。俺の分まで食べてくれ!な?」
「ちょっと、ハヤテ!?」
女先生が不思議そうに、一つ皿に残ったトマトを持ってこっちにやってくるのが見えたので
彼は彼女にその役目を押し付けると、砂浜で迷子になっていた子犬を見つけたとかで
これ幸いと駆け出していった。
昼下がり、同じく海水浴に来ていた観光客らが騒ぎ始めたので何事かと
振り返った六人はそこに大暴れする海賊の姿を見た。
砲烈道と呼ばれる歌舞伎役者風の男は、バズーカー砲をところかまわずぶっ放し、一般人を
非常に危険な状態に陥れていた。
「やめろ、海賊め!」
あっという間に戦闘衣に変化したハヤテ達が駆けつけるものの、「邪魔立てするな!!」
と喚いた海賊はバズーカー砲を、先手必勝と襲いかかったハヤテ目掛けて
撃った。
彼は物凄い破壊力のバズーカー砲をまともに食らって吹っ飛んだ。
その威力があまりにも激しい為、背後にいたリョウマ達も伏せなければいけない程である。
今、真っ白なパラソルにビーチシートを敷いた上に重傷のハヤテを寝かせると
リョウマ達は慌しく銀河の腕輪でモークと相談していた。
「ハヤテ、大丈夫?」
「すまん、・・俺がふがいないばかりに」
彼の治療に右手から氷のアースを放出して、被弾した痛みを少しでも和らげてやっているのはだ。
ハヤテは「動いたら傷に響く」と注意するを振り切って、立ち上がろうとしたが、
すぐに左胸をかきむしって倒れてしまった。
ヒカルは、銀河の森に植生するシラスズの実さえあれば治せると呻いていたが、
モークは代用物としてトマトを食べれば大丈夫だと返答してきた。
だが、ヒカルがクーラーボックスの中を開けて取り出したトマトに
ハヤテは拒否反応を示して口にしなかったのだ。
「だめだ。俺にはどうしても・・」
「無理だ!」
ハヤテはトマトを握り締めたまま、悔しそうに唸った。
シリーズ屈指の爆笑回のお話になりそうです^^