への本当の気持ちを知ってから、ハヤテは一人で笛を吹くことが多くなった。

確かにヒカルに次いで、精霊である彼女にお説教する時間やその他で一緒にすごした時間は長かったように思う。

その間にいつの間にか、彼女が自分の心の中に住み着くようになってしまったのだろうか。

だが、いくら考えても分からない。いつから彼女をこんなに想うようになったのか。

確かに、初めて夜半の湖で彼女を見かけた時は月光のせいか別世界の人間のようで、綺麗だとは思った。

でも、その時はそれだけで、それだけで・・。

どうやら、ヒュウガの実弟であるリョウマの腕の中で泣きじゃくる彼女を見てから

おかしくなってしまったようだ。

「俺は・・」

ハヤテは笛を口から放すと俯いた。

「頑張れ、サヤ〜!」

「手加減無用!」

遠くの方で白い囲いの中で組み手をするゴウキとサヤを応援している

氷の精の姿がぼやけて見える。

氷の精は白い囲いの上に木の実の精を膝の上に抱き、楽しそうに笑っている。

「俺は・・何で今まで気づかなかったんだ・・」

ハヤテは落ちかかった豊かな栗色の前髪をかきあげながら呟いた。

「うおっ!」

「えいっ!」

ゴウキがサヤに一本背負いされて舞い上がり、が白い柵からぴょんと

飛び降りて二人に駆け寄った。

ゴウキはみぞおちを押さえてすごく痛そうに呻いていた。

「はい、一本取った〜!勝負あり!」

「やった、やった!」

の判定で、女の子二人は手を取り合って大はしゃぎしていた。

「あ〜あ、ま〜た汚れちゃったよ〜!」

「気にしない、戦士なんだもの。汚れて当然!」

サヤはいまだに痛くて呻いているゴウキを助け起こし、木の実の精の指摘もなんのその花のような笑顔で言った。

「でも、鼻の頭に土がくっついてるのは事実だよ」

はレースのハンカチで彼女の鼻頭に押し当てようとしていた。

「おいおいサヤ!あ、もいたのか」

稽古が終わるとそれを見計らったかのようにリョウマ、ヒカル、ハヤテが近づいてきた。

「やっぱ似てる!」

「なあ?」

「あ、ああ・・」

のことで先ほどから悶々としていたハヤテは半分上の空で答えた。

ヒカルが手にしていたのはティーン向けのアイドル雑誌だった。

サヤとは覗き込んで目をまん丸にした。

「誰、これ?」

サヤはちょっと怒ったような声で言った。

雑誌の中開きのページには、涼しげなミントグリーンの水着で横たわるあられもない格好の

サヤが写っていた。

「わわわ!サヤがこんな刺激的な水着を着てる〜!」とかなんとか言って木の実の精が

興奮して騒ぎ出したので、は「こらっ、子供は見ちゃいけません!」

と慌てて木の実の精の視界を覆う有様だった。

「何で、何でだめ?」

「だからあれは駄目だったら!あれは大人の・・」

木の実の精の視界をしっかりと両手で覆いながら、雑誌から遠ざけようとする

氷の精とはうらはらにゴウキは鼻の下伸びっぱなしで雑誌に釘付け、「似てる・・」と

嬉しそうに何度も何度もサヤを見返りながらつぶやく始末だった。

「たくっ、誰よ、こんなの買って来たのは・・」

はむっつりとして男性陣を睨みつけながらつぶやいた。

まだ幼い木の実の精の面倒は全てが見ている。

彼女には純朴な木の実の精に、強すぎる刺激を与えないよう監督する義務があるのだ。

「だいたい下界のものは森に住む私達に取って刺激が強すぎるんだもの。もう少し注意してもらわなきゃ」

が再び皆がわいわいやっている白い囲いの方を見ると、リョウマがサヤにヘッドロックをかまされているところだった。

サヤに瓜二つのアイドルの着ているお姫様のような衣装を見て、彼女が自分も着てみたいと言ったのを

リョウマが余計な茶々を入れて台無しにしたらしい。


それから数日後。

一見、平和そうに見える乗馬クラブにちょっとした騒ぎが持ち上がった。

オーナーの親父さんという壮年の男性が訪ねてきて、リョウマ達の仕事振りにいちゃもんをつけ始めたのだ。

「全く今時の若者はチャラチャラした格好ばかりしやがって、まともに働く気があるのかね?」

厩舎の窓から亀のようにこっそりと首をのぞかせて一部始終を見聞きした

ハヤテとは頭を抱えた。

それからその壮年の男性は君は馬になめられる、馬の扱いが荒いタイプ、おまけに厩舎の掃除が雑だの散々

文句をつけた。

こんな時は冷静沈着なハヤテにその場を収めてもらうのに限る。

誠実な対応をする彼に壮年の男性は彼らに一日の猶予を与えた。

それが出来なければくびだということだ。


は納屋に走っていき、急いで木の実の精を隠しにいった。

それからことの一部始終を知恵の木であるモークに報告した。

モークは木の実の精のことは私に任せて、はハヤテの言うことをよく聞いてくれぐれも気をつけるよう

忠告した。

その日はよく晴れた朝だったが、皆の心は陰鬱だった。

ゴウキはリョウマとともにはげかけた白漆喰の柵にペンキを塗りながら、オーナーの親父さん

の顔を伺っていた。

ヒカルは馬の扱いが乱暴すぎると注意を受け、サヤは鋤で飼育場を平らにならしているところを

背後からタバコの吸殻を落とされるなどの嫌がらせを受けた。




「はっ!」

一方、はペンキ塗りで忙しいリョウマの代わりに、コテージの裏手で鴛鴦斧で薪割りを請け負っていた。

彼女の掛け声とともに鴛鴦斧の一片がワイヤーから発射され、薪の中心部にスパッと飛んでいって突き刺さる。

「何なんだね、あの娘は?あんなけったいな危ない物を振り回して薪割りを・・ふざけるにもほどが」

「まあまあ・・あれは、最新式の斧なんです。切れ味が違うんですよ。薪割りには最適で・・」

パカッと綺麗に真っ二つに折れた薪を見て、親父さんはさっそくいちゃもんをつけ始めたが、

どう見ても彼女を密かに尾行していたに違いないハヤテが現れて、怒れる親父さんを

連れ去ってしまった。


(あまりにもおとなしかったから一人、肝心なのを忘れていた。切れだしたら何するか分からなくなる子だ。)

親父さんが落ち着いてから、赤毛の馬を引き出しながらハヤテは思った。

これから観光客向けの乗馬教室があるのだ。

既に観光客らしき若い三人の女性が来ている。

ここでも親父さんの監視の憂き目にあったが、ハヤテは難なく潜り抜けた。




午後からは突如、大雨がドザーッと来た。

大雨に降られたメンバーにタオルを手渡すのはだ。

雨にぬれた前髪をかきあげながらハヤテが飛び込んできたのではタオルを渡した。

「鴛鴦斧のこと、ごまかしてくれてありがとう。いつもだったら怒ってるでしょう?」

彼女はハヤテにタオルを渡す傍ら、ぼそりと礼を言った。

「あ、ああ・・あの場合は、ああでもしなきゃくぐりぬけられないからな・・」

ハヤテはちょっと赤くなりながらその意外な言葉に驚いていた。

その時、運悪く電話が鳴った。

「ちょっとごめん・・」

ハヤテは電話機の前に立っていたを脇にやると、急いで受話器に手をかけた。

それと入れ替わりにオーナーの親父さんが、葡萄の房が描かれた白い陶器のティーセットを持ってきた。

ハヤテは取り合えず、その場は電話を切った。

親父さんは皆に座るように促し、ティーセットを木のテーブルに置いた。

皆、何が起こったかわからずぽかんとしていたが、ハヤテは「せっかく用意してくれたんだ。頂こう」

と親父さんの厚意をありがたく受け取ることにした。

しかし、いけずな親父さんの手腕はここでもあますとこなく発揮されていたのである。

お茶の内容はこんがりと焼けたスコーンに蜂蜜。

ハヤテの顔がさっと青ざめた。

彼は蜂蜜アレルギーなのだ。

他のメンバーも心配そうに吐き気を催した彼を見やった。

は長老のところで、よくお茶うけに出されたスコーンと蜂蜜が大好物だったので、今にも手を伸ばしそうになったが、

ここはその場の不穏な空気を察知してさっと手を引っ込めた。

遂にヒカルが「嫌がらせもいい加減にしろよな!」とぶちぎれた。

ゴウキやリョウマは彼を押さえたが、は何のことやらさっぱり分かっていない。

しかし、次の瞬間、男らしくスコーンにかぶりついたハヤテが白目をむいて

ぶっ倒れたのにやっと真相を理解した。

「ハヤテって・・蜂蜜アレルギーだったのね・・」

は突き刺すような視線をオーナーの親父さんに送ってからつぶやいた。

モークから皆の銀河の腕輪に連絡が入ったのはそんな時だった。

皆、これ幸いと蜘蛛の子を散らすようにドアから出て行った。

は「おい、これはどういうことなんだ?説明しろ!」と喚く

親父さんの腕を乱暴に振り払うとつむじ風のように駆けていった。



都会にきらめくハイテクビルの前に集合した彼らは異常な雨に気づいた。

ビルの屋上から硫黄ガスのようなものが噴出している。

「あそこだ!」とハヤテ達が意気込んで入っていこうとしたとき、ビルのロビーから大勢の

水兵達が剣を手に手に襲いかかって来た。

先頭のリョウマは水兵の剣を避けて膝蹴りを食らわした。

仲間達も次々と水兵と取っ組み合いを始めていた。

「な、なんだ、これは・・」

めっぽう足の速いを追ってきたオーナーの親父さんは驚いた。

「何で来たんですか!?もう、このややこしい時に!!」

は黒のサッシュベルトから氷柱の長剣を抜刀ざまに、孤を描くように切りつけながら叫んだ。

「ハヤテ、、親父さんが!」

リョウマは水兵の片腕を抑えながらハヤテに警告した。

「何!?」

そこにはいけずな親父さんを庇いながら戦うの姿があった。

ハヤテは今戦っている水兵に強烈な肘撃ちを食らわしてから、走っていくと

ロビーのガラス張りのドアのところで戦っている水兵目掛けて体当たりを食らわした。

「ハヤテ、!」

「先に行ってくれ!ここは俺とで食い止める!」

リョウマはその言葉にはじかれたように目の前にそびえるエスカレーターに飛び乗った。

ハヤテが水兵をぶちのめしている間には親父さんの前に立ちはだかりながら、

「さ、早く外へ!」

ときつく命じて連れ出した。

だが、は知らなかった。

雨でつるつる滑るタイルの上を走り、外に出た二人を伏兵のバズーカーが襲った。

「うっ!」

親父さんに気を取られていたはバズーカーをまともに食らって吹っ飛んだ。

「おい、娘さん、大丈夫か?」

!」

遅れて自動ドアから出てきたハヤテは親父さんをどかせ、彼女の側に一目散に駆け寄った。

すかさず、負傷した目掛けて水兵が剣を振り回して襲いかかって来る。

ハヤテは袖に隠し持っていた吹き矢を取り出すと、素早くひゅっひゅっと吹いた。

吹き矢は四人の水兵の胸やこめかみ、肩に命中し、最後に向かってきた水兵は腹に空手チョップを食らわしてひっくり返らせた。



幸い、は軽傷で、顔に飛び散った火花で火傷を負っただけだった。

ハヤテはと親父さんを連れてビルの物陰に潜んだ。

「全て知ってたのか?わしがもう乗馬クラブと何の関係もないということを」

親父さんが観念したように言った。

「晴彦さんに確かめたんです。あなたは以前の乗馬クラブのオーナーでしょう?」

ハヤテは正直に言った。

親父さんはうなずき、話し始めた。

ハヤテや達に嫌がらせをしたのは、自由にのびのびとやっている姿を見かけて

自分の帰る場所を奪われた気持ちに陥ったからとのこと。

ハヤテはいつの間にか、あれだけ嫌がらせされた親父さんと打ち解けていた。

そこでハヤテの蜂蜜嫌いの真相話も引き合いに出され、は思わず噴出した。

「人間、それぐらい可愛げがないとな・・」

親父さんもいい意味で笑って受け流してくれた。


それからビルの屋上で雨を降らせていた敵の法師も倒し、オーナー親父さんもハヤテのおかげですっかり

今までの嫌な態度が一変し、達が乗馬クラブに残るのを認めてくれた。

しかし、そんな穏やかな日々もつかの間、ある戦いで傷ついたリョウマを助けた黒騎士の影が彼らの上をちらつき始めるのだった。

黒騎士に助けられたリョウマはコテージに帰ってきても悪夢にうなされるばかりだった。

ただ、彼の口から聞こえるのは「兄さん、兄さん・・」だけ。

うわごとを聞いたのはサヤだけだったが、には黒騎士の体からかすかに漂うスノードロップの残り香が気になっていた。



宇宙科学研究所のトラックは薄靄の中を走行していた。

たっぷりと水に満たされた川に駆けられた大きな橋を通りかかった時、その男は現れた。

研究所の職員は、いきなりトラックの前に飛び出した黒ずくめの大柄な男に驚き慌てた。

大柄な男、そう、あの黒騎士はトラック内の「鬼の石」をよこすよう要求した。

渡す、渡さないですったもんだしているとモークから知らせを受けたリョウマ達がやってきた。

そして、瞬く間に黒騎士との乱闘に発展した。

研究所の職員はこれ幸いと石の入ったケースを三人がかりで抱えて別方向へと駆け出した。

だが、そこはお約束どおり、待ち構えていた水兵達に横取りされてしまい、

黒騎士に怒られる始末である。

黒騎士は高くジャンプして姿を消してしまい、橋げたの下に隠れてこっそり様子を伺っていた

こてんぱんにやっつけられたリョウマ達を見やってから、密かに彼の後をつけた。

「誰だ?」

だが、黒騎士につけられていることを見破られてしまい、河川敷の所でいきなり振り返った彼に小型ナイフを投げつけられる始末である。

「私の後をこそこそつけるとはあやつらに頼まれたか?」

なんとかくるりと身を翻し、黒い小型ナイフを避けたはゆっくりと近づいてくる大柄の男に戸惑った。

「この間、あの五人と一緒にいた娘か。それで私を尾けたつもりか?」

河川敷の橋げたの壁に突き刺さった投げナイフを引き抜き、黒騎士は冷たく笑った。

「言え、誰に頼まれた?」

彼は引き抜いた投げナイフをちらつかせながら彼女にせまった。

「尾けたのは私の意志。さっきの五人は関係ない」

彼女は怯えを隠すかのように冷たく言い放った。

「上手い逃げ口上を言っても無駄だ」

その見え透いた返答に黒騎士は鼻で笑った。

「ヒュウガ!なぜリョウマ達にあんな真似を・・うっ!」

だが、次の彼女の発した言葉に彼は酷く動揺した。

頭にかっと血が上り、彼は彼女のみぞおちに体重の乗ったパンチを入れていた。

「なぜあやつのことを?なぜだ、この娘?なぜ見抜いた?」

黒騎士は、あまりの速さと力強さに避けるまもなく気絶した彼女を眺めていた。

「知られたからには・・・」

黒騎士はぐったりとしたを抱え上げた。

そして、しゃなりしゃなりと鈴付き投げナイフを手に再び歩き出した。






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