「どういうことだ?私を助けて恩でも売るつもりか?」
思わぬ深手を負った黒騎士を支えて走るリョウマに
彼は理解できない顔で言った。
リョウマがそれに答える前に、岩陰に潜んでいた水兵達がワーッと飛び出し、逃げ惑う三者を
追いかけてきた。
「、彼を頼む!」
リョウマは黒騎士を乱暴に突き放すと、星獣剣を振り上げて
うじゃうじゃいる水兵達に突っ込んでいった。
「それとも・・この私が本気で改心するとでも思っているのか?」
ごつごつした岩に倒れこみながら黒騎士は、必死に水兵を蹴散らすリョウマ目掛けて唸った。
「今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ!!」
リョウマは、向かってきた三人の水兵の剣を上から押さえ込みながら叫んだ。
そんな時、戦闘からからくも外れた一人の水兵が黒騎士目掛けて湾曲した剣を
振り上げてきた。
すかさず、の氷柱の剣がそれを受け止め、横に弾き飛ばした。
「いいかげんに分かったらどうなの?ゴウタウラスにはそれが分かってる」
「なのにあなたはなぜ分かろうとしない?」
はまたもや向かってきた別の水兵相手に氷柱の剣を振り回しながら
叫んだ。
「貴様、どこまでその甘さを押し通すつもりだ?」
その言葉に黒騎士はハッと胸を突かれたようだったが、いつもの冷たい仮面の
ような表情を取り戻し、二人の元に水兵を近づけさせまいと孤軍奮闘するリョウマ
に言い放った。
「黒騎士、俺は誰だろうと見殺しに出来ない。それだけだ!!」
リョウマは素早く水兵目掛けて切り込みながら吼えた。
「私が、お前の兄とこの女を利用していると知ってもそれが出来るか?」
「黒騎士!」
遂に黒騎士は最後の切り札を持ち出してリョウマの心を揺さぶった。
は「何を言うの!?」と理解できない顔で叫んだ。
「今、今・・なんて言ったんだ?」
リョウマはぜいぜい息をはずませながら聞き返した。
「お前の兄、ヒュウガとそこの精霊を利用していると言ったんだ」
「兄さんを?それにもか?」
それから黒騎士は驚愕するリョウマにいままでのいきさつを
要点をかいつまんで教えてやった。
「まさか・・それに、ずっとこの事を俺達に隠してたのか?」
「うすうす感づいてはいたけど、彼に協力していたのはこういう事だったんだな・・」
リョウマは信じられない面持ちで彼女の顔を眺め、あの夢は正夢だったのかと悟った。
「リョウマ、ごめんなさい。初めは私も信じられなかったけど・・でも本当だった」
「それにとても言い出せなかった・・あなたには!ヒュウガが彼の中で生きていると・・」
「黙っていてごめんなさい・・」
は彼から顔を背け、苦しそうに胸の内を吐露した。
「私と彼女は互いを利用する関係だ。私は彼女の司る神聖な力を復讐に利用し、彼女は海賊を倒した暁にヒュウガを解放することを条件に
私を影から支えた」
黒騎士は自責の念にかられる彼女をちらりと見ると、混乱しているリョウマに教えてやった。
「だが、ヒュウガが解放されるのは私が死ぬ時だ」
「さあ、今すぐ私を殺してヒュウガを取り返すか?」
初めに聞かされていたのとは違う話には戸惑い、リョウマは酷く動揺した。
「やはり誰でも同じ心境になる。復讐と目的のためには手段を選ばない」
それを見透かしたかのように黒騎士はむなしく言った。
「しかし、今むざむざ殺されるわけにはいかん。私は復讐を果たす!!」
「黒騎士!下手に動いたら傷が広がる!」
「退け!!」
自分に取りすがる彼女を冷たく突き放すと黒騎士はブルライアットを
リョウマに叩きつけようとした。
足元に咲き乱れていた矢車菊の花が斯き切られ、ぱっぱっと飛び散った。
リョウマはすんでのところで後ろに飛びすさり、星獣剣を構えた。
だが、彼は思い直して剣を静かに鞘に収めた。
「貴様、何の真似だ?ヒュウガを助けたくはないのか?」
「例え、あなたを殺して助け出しても兄さんは喜ばない!!」
リョウマは驚く黒騎士を真っ直ぐに見据え、きっぱりと言い放った。
そして、元来た道をダッと駆け出した。
黒騎士はまた不可解な胸の痛みに襲われ、うずくまった。
が心配そうに彼を支えた。
彼は彼女に支えられながら、遠ざかるリョウマの後姿に今はもういない実弟の姿を重ねて見ていた。
「クランツ・・」
彼は懐かしそうに昔を思いながら呟いた。
その後、魔人に苦戦を強いられたハヤテ達だったが、不屈の執念で
やってきたリョウマに支えられて何とか倒すことが出来た。
だが、火口に落ちた魔人の長槍のエネルギーの余波で、火山が噴火し、大地は揺れた。
リョウマ達はモークの指示で火口に流れ込んだエネルギーをアースで
中和しようと向かっていた。
「終わりだな。海賊もこの地も」
「見ろ。これがお前の仲間が望んだ結果だ・・」
そんな彼らを遠巻きに眺めていた黒騎士はくるりと背を向けると
ひっきりなしに襲ってくる胸の痛みに耐えかねてくずおれた。
「そして私は・・」
「これでいいんだ・・これで全てが終わる。復讐も何もかも・・」
黒騎士はうつろに視線をさまよわせ、しきりにの方へ手を伸ばしながら呟いた。
「守るべきものも人もいない。ゴウタウラスさえ私から去ってしまった・・」
「そして何より・・クランツ、お前がいない」
彼は灼熱の溶岩が噴出し、地表の温度を上げるせいなのか、うわごとを言っているように見えた。
それから黒騎士はしばらく誰かと会話しているかのように、幻の中をさまよっていた。
彼女は何気なく彼の手を見た。
その手にはいつの間にか一輪の矢車菊の花が握られていた。
「黒騎士、そんな体でどこへ?」
すっくと立ち上がった自分の体に腕を回して支えるを、優しく引き剥がしながら
黒騎士は小型ナイフを振り上げて自らの胸を刺した。
たちまちエメラルド色の閃光がほとばしり、心臓部からぼろぼろに
なったヒュウガがどさりと投げ出された。
「これ以上、私に付き合わせるわけにはいかないからな」
「確かに彼は返した」
「氷の精。これだけは本心だ。短かったが、この星でお前と過ごした時間は楽しかった」
「お前は・・本当にあの花そっくりだ」
黒騎士は、この場にふさわしく一筋の涙をこぼしたに
一輪の矢車菊の花を握らせて頷いてみせた。
黒騎士は最後の力を振り絞ってリョウマ達の前にやってくると、何か二言、三言呟いた。
そして、去り際にブルライアットを放り投げて彼らを結界の中に閉じ込めた。
彼はそのままゆっくりと山の中腹を下っていくと、断崖絶壁の上から
身を躍らせ、灼熱の溶岩が渦巻く火口の中へ消えていった。
「本当に最後まで馬鹿がつくほどおせっかいなんだから・・」
は泣き笑いしながら、どうしようもない騎士を思って嘆いた。
「どうして肝心なことを最後まで黙ってたのよ!!」
「結局悪党なのか、善人なのか・・どっちなのか・・」
彼女はもう我慢できなくなって、わああっと泣き崩れた。
「?」
「本当になんだな・・」
そんな彼女の肩にそっと手をかけた者がいた。
「ヒュウガ?」
は涙にかき濡れた顔でゆっくりと後ろを振り返った。
それは紛れもなく、黒騎士の呪縛から解き放たれたヒュウガその人だった。
「・・」
彼は次の瞬間、息も止まるほど強く彼女を抱きしめた。
「ずっと・・黒騎士を通じて君を見ていた」
「すまない。なのに何も出来ずに苦しめて・・」
彼の暖かい声がこんなに近くで聞こえる。
彼女は嬉しくて目をそっと閉じた。
「もう苦しまなくていい・・俺はここにいるから」
「うん・・」
は彼の黒髪をかき抱きながら、安心しきったようにその力強い腕に身を委ねた。
それからヒュウガはに連れられて無事に残りの五人とも
久方ぶりの再会を果たした。
ゴウキ、ハヤテ、ヒカルはいっせいに顔をくしゃくしゃにしてしまい、サヤは小鳥のように
軽々と飛んでいってヒュウガの腕に収まった。
リョウマとも熱き兄弟の抱擁を交わしたヒュウガは、今ここに生きる喜びを
かみ締めるのだった。
サヤに腕を取られて、コテージの地下室に通されたヒュウガは、
古くからの付き合いであるボックとも再会を果たし、初対面である知恵の木にも引き合わされた。
翌朝はメンバーからのサプライズプレゼントが手渡された。
それは赤のケープに、黒ラシャの上着とズボンがセットになったの闘牛士風の衣装で、彼は照れくさそうに新調の服を身に着けて
メンバーの前に歩いてきた。
「どうしたんだよこれ?」
彼は驚きを隠しきれないように言った。
すかさずサヤが赤のケープの裾を真っ直ぐに直しにきた。
「もしかして、この傷は・・」
サヤの絆創膏を巻いた人差し指をつかむとヒュウガは尋ねた。
「それ、皆で手分けして作ったんだ」
腕組みしたハヤテは得意そうに言った。
ボックが精霊たる自分達も手伝ったと口添えしたので、
ヒュウガは「ほんとに?」と嬉しそうに呟き、ハヤテの隣に佇むに
穏やかな笑顔を向けた。
「えっと、ちょっと・・」
は(あんまり手伝えてないんだけどね〜)と心の中で舌を出した。
「どっちかというと一番張り切ってたのは彼女・・うっ!痛い・・」
彼女はその事実を押し隠すために、余計なことまで口走ろうとしたので、真っ赤になったサヤに
横っ腹を小突かれてしまった。
エゾマツの林から吹いてくる爽やかな風と、美味しい朝食で戦士達の朝は始まる。
屋外の細長いテーブルの上には、ゴウキの作った豪勢な手料理が並んでいた。
彼は大はしゃぎで、腕によりをかけた手料理をヒュウガに勧めていた。
さらに嬉しいことにヒュウガの帰還を聞きつけた乗馬クラブの
大家のような存在の親子も駆けつけてくれた。
木枯らしが吹き荒れるような親父さんのギャグも振舞われたが、
この手には慣れっこなメンバーは誰一人笑わず、ヒュウガだけが馬鹿受けしていた。
「毎度毎度よくも懲りずに・・あのギャグ、私の体温より寒いんだから・・」
「まあ今回は見逃してやろう。ああ見えてヒュウガって結構笑い上度だから」
はまたかと頭を抱えていたが、ハヤテはにやりと笑うと寒い寒いギャグを受け流していた。