「、大丈夫かな?」
「可愛そうに。一人で一杯僕らには分からない問題を抱え込んでて疲れたんだ」
「今は眠らせてあげよう」
松明が焚かれた遺跡内では粗末なわら布団の上に寝かされた女王を
見守るルーシー、エドマンド、ピーターの姿があった。
「僕とルーシーが彼女の側についててあげるよ」
「兄さんも少し休んだら?戦いで疲れてるだろ?」
「ああ、そうする。頼むよ」
ピーターはわずかに胸を起伏させて眠る彼女を苦悶の表情で
眺めていたが、エドマンドの一言に救われるようにすっと立ち上がって席を外した。
「お、お願い・・」
「誰か、王子を・・カスピアン王子を助けて」
「このままでは王子が魔の手に落ちてしまう・・」
どのくらい時間が流れただろう。
は額から冷や汗を流し、悪夢にうなされながらうわごとを呟いた。
「誰か・・」
の呼吸がたちまち荒くなり、彼女の側に立てかけられていた
魔法の長弓と矢が赤い光を帯びだした。
「何のことを言ってるの?」
ルーシーはただただ困惑したが、エドマンドは「誰か、誰か彼を・・」としきりにうわごとを
呟く彼女の手を握っていたので、ふっと脳裏に今は遺跡内のどこかで苦悩している王子のことが頭に浮かんだ。
案の定、遺跡内ではアスランのレリーフがかかれた石舞台の前で、女王を
よく思わないニカブリク、鬼婆、人狼の三人が苦悩するカスピアンの心の闇に付け込んで
折れたる白い魔女の杖を元に闇の女王を復活させる儀式を行っていた。
「あの女王は若すぎる。彼女は頼りにならん」
ニカブリクは若き王子の心に揺さぶりをかけるように囁いた。
「王子様、あなたの憎しみは我らの憎しみ」
「あなたがミラースの死を望む以上のことを私らはお約束しましょう」
鬼婆が恭しく膝を下り、猫なで声で囁いた。
鬼婆がしわくれだった指で地面に円陣を描き、ぶつぶつと呪文を唱えて
最後に思い切り杖を石段に突き刺すと、あっという間にアスランのレリーフの
前に氷壁が現れた。
氷壁の裏側にうっすらと人影が写った。
そこにはゆらゆらと薄い金髪をなびかせた背丈の高い美女が立っていた。
その正体が誰だか分かった途端に王子は慌てた。
だが、すかさず、人狼が王子を羽交い絞めにし、鬼婆が刃の薄い短剣を取り出して王子の
手のひらを切り裂いた。
「アダムの息子の血一滴で私を解放してくれれば、あなたに仕えよう」
薄い金髪の美女は見えざる恐怖におののく王子に甘い言葉を囁いた。
「やめろ!」
自らの心の闇につけこまれたカスピアンの意識を取り戻させるような声が響いた。
ピーター、エドマンド、トランプキンが長剣や短剣を手に手に乱入したのだ。
ピーターはまず驚きおののいた鬼婆と、エドマンドは牙をむきだした俊敏な人狼と、トランプキンは短剣を振り上げた
ニカブリクと渡り合った。
体力の衰えた鬼婆はあっけなくピーターに投げ飛ばされて側の石に叩きつけられて倒れた。
エドマンドは人狼に飛びかかられて上体を崩してひっくり返ったが、それでもその体勢から太腿を切り裂いていた。
トランプキンは短剣を取り落とした危ういところを、物陰から乱入したルーシーに
救われていた。
一方、動きの俊敏な人狼に苦戦していたエドマンドは剣を持つ腕を振り払われそうになっていた。
追い詰められた彼は体勢を立て直そうと敵に背を向けて走り、それを人狼が追う。
人狼が彼に飛びかかろうとしたその刹那、どこからともなく素早い矢がひゅっと飛んできて
人狼のこめかみにぐさりと突き刺さった。
人狼は悲しそうに空を仰いで絶命した。
「間に合ってよかった・・」
そこには怖い顔をした女王が長弓を手にし、矢嚢を肩にかけてたたずんでいた。