「貴様ら、見つけたぞ!」

峨嵋刺に左肩を突き刺されながらも、彼女たちが隠れていた茂みを乱暴に払いのけた

岩本は右腕を大きく後ろに引き、拳を振り上げた。

「何ぃ?」

さっと降り返ったは、真剣白刃取りのような刹那の見切りで、全身の冷気を手のひらに集め、

彼の振り下ろされた拳をはっしと受け止めた。

「逃げて!どこでもいいから早く!」

バリバリと冷気の渦が放出する中、は彼の拳を手のひらで払いのけて思いっきり後ろに突き飛ばした。

「大丈夫かい?」

背後では、体を張って岩村の狂気から女子中学生を守ろうとする霊界案内人の女性がいた。

だが、二人がどうしようかと迷うか迷わないかのうちに、たちまち

周囲を三人の男に囲まれてしまった。

「こっちは任せて逃げて!」

たちまち、が制服に隠していた峨嵋刺がシャッ、シャッと放たれ、

三人の男の今にも襲いかかりそうな脚の動きを止めた。

「あんたいったい何者?それに、本当に一人で大丈夫かい?」

冷気に操られ、ブーメランのように回転して飛んできた峨嵋刺に足元を取られた

男たちはひっくり返り、それをこわごわと眺めていたぼたんと呼ばれる霊界案内人は

呟いた。

「幸い、この連中は普通の人間だから大丈夫みたい。それにまだ後ろから・」

は戻ってきた峨嵋刺を手中に収めると、強くうなずいた。


さん、大丈夫ですか!?今、ものすごい悲鳴が聞こえたけど!」

ぼたんの手にしているコンパクトからは蔵馬の心配そうな声が返ってきた。

「南野君、あれはさっき私が倒した人間の悲鳴だから心配しないで!」

はコンパクトに安心させるような声で呼びかけた。

だが、背後から無数の足音が聞こえてきたのではぼたんや蛍子達

とともにまた走り出した。


どれだけ走ったか分からない。

逃走犯三人組はぜいぜい息をはずませながら体育館裏に走りこんだ。

「ねえ、あの人たち、何故追ってくるの?それに岩本先生までが急におかしく・・」

「先生ってあのさっき殴りつけてきた奴のこと?」

の冷静な口調に蛍子はこくりとうなずいた。

「この連中はただの人間で何者かの吹く笛に操られてる。そうよね?」

はこの世の者ではない砂色の髪の女性を一瞥すると言った。

「あ、いや・・それは・・」

ぼたんがたちまちぎくっと強張って慌て始めた。

「笛?いったい何なんですか、あなた達は?それにさっき幽助とも話してたみたいだけど・・」

「あ、それはその・・」

「あなた、何もかも知ってるんでしょ?この変な笛の音のことも。」

蛍子にだけでなく、にまで詰め寄られたぼたんは困惑した。

ぼたんは、とりあえず、ここを抜け出したら全てを話すということではとっさに返答しておいたが。


それから三人は校舎内にそっと潜り込み、購買部横に設置してある公衆電話のダイヤルを回してみた。

「だめだわ、通じない・・」

蛍子が悲壮な表情で呟いた。

「完全に外部と連絡を絶って孤立させる気だね」

ぼたんもまずそうに呟いた。

「南野君なら何とかしてくれそうだけど、ここにはいないし、あの黒い服の人もだめだし・・」

までもが絶望的に呟いた。

「職員室の方はどうかな?」

「ああ、他の先生がいるかもしれないね!」

「違う。これはそんな甘い罠じゃない・・」

蛍子とぼたんがのんきに話し合っているのを横目に、は何かとてつもなく恐ろしい影が

二人に落ちていることを感じていた。

「先生!」

案の定、職員室のドアを開けてみると竹中と呼ばれる教師が

ぼこぼこにされて机の上で気絶しているのが目に入った。

「雪村ぁああ!!」

ぼたんと蛍子の二人が竹中に気を取られている隙に、に吹っ飛ばされたはずの

岩本が背後にたたずんでいた。


「完全に囲まれた!?」

って子の姿がさっきから見えないけど、どこ行ったんだろうね?気になるよ・・」

「そんなことより、彼らの目的は私なんでしょ?」

「私が注意を引き付けるからその間に逃げて!」

「嫌だね、今になってそんなこと出来るもんか!」

職員室から走り出た二人はじりじりと袋の鼠のように壁際に追い詰められていた。


一方、その頃、は校舎中を走り回って、音楽室を探していた。

音楽室には誰もいない。

彼女は引き戸をガラリとあけると、ある楽器を探し始めた。

蛍子はゾンビのように襲いかかる人間を壁を背に平手打ちで応戦し、ぼたんは

急いで窓の近くにすえつけてある消火器を取りに行った。

蛍子が一人の操られた人間に腕を引っ張られ、髪を根っこからすごい勢いでつかまれそうに

なった時、ぼたんの消火器が炸裂した。


さん、いったいどこに行っちゃたのかしら?」

「一人で大丈夫だとは言ってたけど・・」


消火器の水圧をシャワーのように浴びて倒れている人間達を尻目に、ぼたんと蛍子は

元来た道を駆け出そうとした。

ぼたんの甲高い悲鳴、それに連なるきつい平手打ちの音、吹っ飛ばされて

廊下に叩きつけられる人間の音。

はようやく探し当てた楽器を手に、身震いして振り返った。

「待っててよ・・これでもしかしたら何とかなるかもしれないんだから・・」

彼女は四階の音楽室の階段を飛ぶように駆け下りていた。


今、ぼたんを鷲づかみにした岩村を平手打ちでぶっ飛ばした蛍子は

裁断はさみを手に手に逆襲する不死身の彼に追われていた。

裁断はさみが壁にぐさりと突き刺さる。

セーラー服の衣の一片が飛び散った。

岩村は狂ったように高笑いしている。

ぼたんが、蛍子の腕を引っ張り、空き教室に連れ込んだ。


すぐさま、空き教室のドアは蹴破られ、岩本や主婦やサラリーマン達が乱入した。

二人はモップを手に彼らの後頭部を打撃して、その隙に再び、逃げを図ったが、

薄暗い廊下の曲がり角を曲がった瞬間、ぼたんが何者かに鉄棒でこめかみを殴打され、

吹っ飛ばされて蛍子のもとへ戻されてきた。

殴ったのは虫笛に操られた三人の不良で、背後からは岩本達のグループがせまった。

蛍子は恐怖ですくみあがり、気絶したぼたんを抱えたまま動けなくなった。

その時、どこからか虫笛の汽笛のような波動を乱すフルートの優しい音色が流れてきた。

フルートを吹きながらゆっくりと歩いてきたのは氷女ので、

それを聞いた岩本達はたちまち混乱に陥って鉄棒やら裁断バサミなどを落とし始めた。

は、フルートに自らの冷気を送り込み、血走っている連中を

沈めるため、春の訪れのようなみずみずしい曲を吹いていた。

岩本達はしばらく頭を抱えたまま、混乱に陥っていたが、やがて、一人、二人と

長い眠りの世界へと誘われていった。








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